示談後に予想外に治療費がかさみ追加請求したが
自動車事故にあい、右脚骨折の傷害をうけましたが、事故直後の医師の診断では、全治二ヵ月との見込みだったので、加害者の強い要望もあり、事故後半月ほどたって、まだ入院中でしたが、示談してニ〇万円ほど保険金をもらいました。ところが、予想に反して回復ははかばかしくなく、再度手術をしたりして結局ヵ月も入院加療しました。そのうえ後遺症が残ってしまい、さきにもらった保険金は治療費にもたりなくなってしまいました。そこで加害者に損害賠償を請求したところ、加害者は「保険会社が示談成立ということで保険金を支払ったのだから、それ以上支払う必要はないといっている」といって支払ってくれません。
示談は法律的には和解または和解類似の契約であるといわれています。そのように解しますと、争いの目的たる権利について一度示談が成立すると再び争うことかできなくなります。つまりいったん示談が成立しますと、当事者双方はその示談に拘束されこれを変更することはできず、示談書どおり実行すればよいことになります。示談当時より損害か多くなったからといって、いつでもその損害の支払いを請求できるとすると、示談した意味はありませんし、また場合によっては加害者のほうからそんなに損害は生じなかったはずだといって示談金の支払いを拒絶することも考えられることがあるからです。
ただ示談書中で後遺症とか示談額以上の損害が発生したときは、加害者に請求できるということになっていれば問題なく請求できます。しかし通常は、「今後本件事故については如何なる事情が発生しても決して異議を述べず示談類以上の損害賠償の請求をしない」といういわゆる「権利放棄条項」がついています。
このような場合は、さきに述べた理由により、当事者双方の合意がない限り示談額以上の損害賠償の請求はできません。
しかし、示談の内容が公序良俗に反するとか、刑事事件の量刑を軽くするため加害者に頼まれて虚偽の示談をしたとか、加害者またはその代理人たとえば示談屋などにおどかされたりだまされたりして示談をしたというのであれば、民法の規定により無効または取り消すことができ、示談をやり直すことができます。
ところがそのような事情がなく、示談当時には被害が軽微だと思っていたのに、その後予想外に損害が大きくなり、また予期に反して後遺症まであるというような場合にも、最初述べた理由によって示談の拘束力を認めるべきでしょうか。
示談を慎重にしなかった被害者側が悪いといってすますことができるだろうか。それてはあまりにも権利救済に欠けるのではないか。ことに交通事故の傷害の場合はなかなか予想どおりにゆかず、また治療費や生活費を考え早急に示談しなければならぬ場合が多いことを考えるとなおさらです。
そこで裁判ではこれを救済するためいろいろな理由が考えられましたが、最高裁判所は事故後一〇日目に一〇万円の示談金によって示談が成立したところ、予期に反する重傷であったため三九万円余の損害が生じたという事実について「本件のように、全損害を正確に把握しがたい状況で、早急に少額の賠償金をもって満足する旨の示談においては、被害者の権利放棄は示談当時予想していた損害についてのもののみと解すべきであり、当時予想できなかった後発損害についてまで権利放棄をした趣旨と解するのは当事者の合理的意思に合致するものとはいえない」として、示談額に拘束されることなく発生した全損害の賠償を支払うよう判決しました。
本問の場合も、実際に生じた損害が、示談額と著しい追加ありますので、発生した損害について加害者に請求することができ、保険会社は、保険金額の範囲内で保険金の支払いをしなければなりません。
しかし、最高裁の判決は、どんな場合にも示談額以上の損害が発生したときはその賠償請求ができるというのではないと思います。やはりそこには、当事者が後発損害をまったく予知することができず、後発損害を知っていたら示談しなかっただろうというほど重大な場合にのみ、示談に拘束されることなく全損害の賠償を請求できると解すべきです。ですから示談はできるかぎり慎重にすべきですし、もはやそれ以上損害が拡大することがない場合にはじめてすべきであると思います。
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