事故の量刑はどのようにして決められるか
自動車の運転者が人身事故を起こして人を死亡させて、業務上過失政死罪に問われたとします。その場合、裁判所は、もっとも重い場合で、五年の懲役か禁錮の実刑を
いい渡すこともでき、執行猶予つきの刑をいい渡すこともできます。懲役刑と禁錮刑と罰金刑のうち、懲役刑や禁錮刑なら何年何か月程度がよいか、罰金なら何万円くらいがよいかをきめるのは、裁判官の判断ですが、裁判官は単なる腰だめで刑をきめているのではありません。
裁判官は、種々の観点から総合判断して刑を決定するのであって、単に一つや二つの観点、たとえば示談ができているとか、できていないとか、ひき逃げしているとか、いないとか、それだけの観点から刑を決定するのではありません。また場所や日時の差異によって、刑の重さが違うこともありましょう。
同じよりな事故でも、大都市や交通量の多い街道に沿っている所で起こした場合と、純農山村地帯で起こした場合とで違ってくると思います。ちょっと考えると不公平なようでもありますが、交通事故が民心に及ぼす影響なども、地方によって異なるのですから、かならずしも不公平とはいえません。
裁判所はべつにジャーナリズムにおもねったり、政府の交通政策のちょうちん持ちをする気持は毛頭ないのですが、一般市民の世論はやはり尊重せざるをえません。民主主義体制においては、司法権も結局のところ国民の上に成り立っているからです。しかし、ここで世論とはあくまでも理性的な世論のことをいうのであって、盲目的、感情的世論のことをいうのではありません。「事故が起これば運転手が悪い」というような感情論には裁判所はしたがいません。
年々交通事件の刑がだんだん重くなっていることは確かです。無免許、飲酒、轢逃げで通行人を轢いた男が、遺族に三〇〇万円払って示談ができたのに禁鋼五ヵ月の実刑を言い渡されたといって、新聞を賑わしたことがありますが、その後、無免許でも引逃げでもない飲酒運転による事故で、七〇〇万円、八〇〇万円で示談ができているのに、懲役の実刑が言い渡される場合もあります。
あるいは、運転者の立場からみて、裁判所のいい渡す刑が重すぎると感じる人もあるかもしれません。現に、公安委員会の運転免許の停止は半年くらいなのに、裁判所が禁個六ヵ月ないし八ヵ月などの実刑をいい度した例があります。この場合は、免許の停止期間より刑務所へ入っている期間の方が長くなります。
しかし、毎日、警察署の掲示板に出ている「昨日の交通事故の件数」のなかで、その大部分が簡易裁判所において、二〇万円以下の罰金で処理されていることを忘れてはなりません。
実刑と執行猶予双方を含めて、懲役刑または禁個別をいい渡されるのは、ごく一部に週ぎないのです。
裁判所が、いい渡す刑罰をきめるのに当たってどの点に重点をおくかについて、大
きく分けて二つの考え方があります。
その一つは、運転行為の危険性、いいかえれば、事故を起こしたときの運転の仕方が乱暴だつたか否かに着目しようというのであり、その二は事故の重大性、いいかえれば過失行為の結果、人を死亡させたか、負傷させたか、負傷させただけか、負傷の程度、被害者の人数などに着目しようというのです。
例をあげましょう。
高速道路で前車を追い越すため、制限速度をはるかに超過し、センターラインを越えて進行中、反対方向の車両に正面衝突したが、相手の運転者には軽い怪我をさせただけだった。
雨の日に制限速度以内で、前車に続いて進行中、前車が急停車しようとしたので、追突を避けるため急ブレーキをかけたところ、斜にスリップして傍の自動車に衝突し、その男を死亡させた。
二つの例でどちらに重い刑罰をもって臨むべきか、判断に迷うだろうと思います。運転は前者の例がはるかに無茶ですが、結果は後者のほうが重大です。どちらが責任が重いのか返答しろといわれたら困りますが、要するに裁判所としては、どちらか一つの立場に片寄らないで、運転の仕方も事故の結果も両方ともしんしやくすることにしています。
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