故意犯にも区別があるか

交通違反はほとんどが故意犯として裁判されていますが、交通事故、とくに人身事故はほとんど過失犯です。なぜでしょうか。この点から検討してみることにしましょう。
 交通事故の場合の故意犯といえば、自分がこんなむちゃな運転をすれば、歩行者をはねとばして怪我させるだろう、あるいは死なせるかもし社ないということを知りながら、あえてむちゃな運転をする場合でしょうが、こんなケースは、そうざらにはありません。
 普通は少々酔っぱらったって自分は自信がある。自分だけは大丈夫だという自信過剰型が多いからです。
 にくい恋仇をなきものにするために、相手が道路わきを散歩しているところを、後から車をぶつけたケースがありました。これが殺人罪になることは、誰でもわかります。
 それでは、自分が、酔っぱらって運転をすれば、通行人にぶつけて、死なせるかもしれぬと思いながら飲酒運転をした。この場合、法律家は、運転手に殺人の故意があると認めて、殺人罪を適用します。しかし、この場合の故意は、恋仇をひき殺す場合の故意とは違って、末必の故意といわれるものです。

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末必の故意で懲役八年の刑をいい渡された男があります。東京地裁の判決には「老婆の上を乗り越えるときは、老婆を棒殺するかも知れないことに気づきながら、これを意に介せず」車を発進させたとありました。これが殺人の末必の故意です。
 また昭和三六年八月二五日広島高裁で懲役六年をいい渡された男は、ビール二本、清酒一合、濁酒一合をのんだので、「相当に酔が回っており、そのことだけでももはや前方注視がおぼつかない状態にあったばかりでなく、前照灯の故障により無灯火で暗夜の道路上を運転するので、おりから町の盆踊り大会を終わって、帰宅途中の多数歩行者に自動車を突き当てて、転倒させたり跳ねとばしたりする危険のあることを十分認識しながら、酒の勢いに駆られ、そのような結果の発生をなんら意に介することな く」無免許でトラックを運転し、三人を死亡、七人を負傷させたのでした。裁判所は、傷害の末必の故意を認め、傷害罪および傷実数死罪で処罰したのです。
 こんな例は特殊だと思うでしょう。それでは、ひき逃げの罪については、どうでしょう。
歩行者をポーンと空中高く二〇米もはねとばしたのを見ながら逃走しました。この場合は、被害者が死ぬか重傷を負うか、はっきりしており、運転者はそれを知っているのですから、ひき逃げの罪が成立することは誰の目にも明らかです。ところが、「フェンダーのところでゴツンという音がし、なにか白っぽいものが目に入リ、ハンドルがちょっととられた。しかし暗く、人か物かわからなかった。それで、そのまま運転していった」
 あるいは、
「その子は私の車のドアのところに軽くふれて尻餅をついたようだったが、バックミラーをのぞくと、すぐ立ち上がろうとしているのが見えたので、大したことはないと思って、そのまま運転しました」
 このような弁解が出た場合、ひき逃げの末必の故意があると考えられるでしょうか。判例は、末必の故意によるひき逃げの罪の成立を認めています。
 他人から車をぶつけられると、バンパーにちょっと触れただけでヘコんでいないにもかかわらず、頭から湯気を立てて怒るのに、自分が他人にぶっつけたときには、たいしたことはなかろうときめこんで、さっさと行ってしまおうとする人がいます。こういう人は退転者としてのみならず、人間としても最低です。
 もちろん事故を起こしても、運転者にわからない場合があることは認めます。裁判所は自分の車が事故を起こした以上知らないはずは絶対ないなどと、きめつけたりはしません。しかしとにかく、車のどこかでゴツンという音がしたら止まりましょう。車が混んでいたので、その場に止めると交通の妨害になるので、そのまま行ってしまった、などというのは弁解にならないのです。人を轢いたと思わなくても、事故を起こしたと思ったら、必ず止まってたしかめることです。

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