過失犯に刑罰の軽重がでてくる理由
過失犯は故意犯にくらべて、法律問題でも事実問題でもたいへんむずかしいのです。自動車と人とがぶっつかって、人が怪我をした。それだけで過失傷害罪が成立すると考えてはなりません。
交通事故のいちばん極端な場合を考えると、にくい恋仇を車でひき殺そうとした典型的な殺人未遂罪の場合もあれば、その反対にあたり屋が運転者に詐欺、恐喝を働くために、わざと車の前に身体を出したような場合もありましょう。
ここではそんな極端な場合を除いて考えることにしますが、運転者にだけ過失のある場合、歩行者にだけ過失のある場合、第三者に過失のある場合、自動車の車体や道路の構造に欠陥のある場合など、いろいろ考えられます。
つまりは、それにしたがって、運転者に過失が認められたり、認められなかったり、あるいはまた過失があるにしても、大きい過失だったり、小さい過失だったりす
るのです。
ダンプカーとオートバイが衝突したとします。ぺしやんこのオートバイ、血まみれのライダー、そしてびくともしないダンプ
カーの車体をみては、見物人は一も二もなくオートバイに同情し、ダンプカーの運転手を憎むでしょう。かけつけた警察官も、現場の生々しい雰囲気に触れて、オー
トバイに同情する態度であるように受け取れる場合があるかもしれません。
しかし、裁判所は、事故からある程度日時を置いて、冷静な雰囲気で証拠を吟味します。裁判官は、決して大きい方が悪いのだというような予断をもって裁判はしないはずです。安全運転のダンプカーに、わき見運転のオートバイがぶっつかることだっ
てあるのですから。
しかし、もしダンプカーの運転手に過失があるときには、オートバイの運転者が同じ程度の過失を犯した場合よりも重く処罰されることがあるのは止かをえません。
同じように信号無視をしたときにも、ダンプカーがやるのと、オートバイがやるのとでは、交通におよぼす危険の程度がずっと違うでしょうから、それなりの理由があるのです。
過失とはなにかを、法律的にやさしく説明することは割合むずかしいことです。例をあげましょう。
(1) 畑の中のたんたんたるハイウェイを高速で進行中、突然交通標識の背後から子供がとび出した。
(2) 市街地で駐車中の車の背後から子供がとび出した。
(3) 繁華街で停留所に停車中のバスの背後から子供がとび出した。
いずれの場合も子供が死亡したと考えて、(1)の場合は運転者に過失なしとして無罪、(2)の場合は過失はあるが比較的軽い、(3)の場合はやや重い過失があると考えられます。要するに、過失の内容というのは不注意に帰するので、普通の運転者としても予想できなかったような事態、あるいは注意しても避けられなかったような事態については、過失はないことになります。このことを法律家は予見可能性、回避可能性がない、あるいは不可抗力であるなどといいます。
しかし、裁判所に対して不可抗力だから無罪だと主張をするには、経験のある運転手に自分の事故の内容を話して意見をいってもらったり、弁護士さんなどと相談して、慎重に行なうべきだと思います。
自分の独断だけで、当方に過失はない、不可抗力だなどとうそぶいていると、反省心が足りないと思われる危険があります。
たとえば、前方を行く車がのろのろしているので、追い越そうとしても、道を譲ってくれないので、車道の右側へ出たところ、向こうから来た車に衝突したというときに「それは前の車が悪い。こちらは止むを得ずセンターラインを越えたのだ。だから不可抗力だ」と主張するよりも、「当方にも過失はあるが、前車にも過失があるから斟酌してください」とやんわり主張するほうがよいように思います。
というのは、前の車が気のきかない運転者だったら、腹の虫をおさえてしばらく追い越しをあきらめるのが、当然の注意義務なのですから、こう主張するのが無難だといえるのです。
過失にはさらに業務上過失と重過失との区別があります。
業務上過失は、自動車の運転を業務としている場合(タクシー運転手など)、業務のためにする場合(医者の往診、商品の運搬、サラリーマンの通勤)のほか、日常生活において繰り返して運転している場合のすべてを含んでいるのです。
だから運転免許をもっている人の事故
は、全部が全部といつてよいほど業務上過失として扱われます。免許をもっていなくても繰り返して車に乗っていると、業務上の過失になります。
重過失は運転未熟でほとんど運転経験もない人の場合です。そんな人が車をいじるのは重大な過失にあたるからです。
ところで、業務上過失と重過失の区別は、それが刑法二一一条の前段に当たるか後段に当たるかという法律問題があるだけで、刑罰そのものに変わりはありません。
つまり、業務上でないと争えば、それでは重過失だと、認定されるだけのことでしょう。
業務上過失でも重過失でもない単純な軽過失として、刑法二〇九条や二一〇条が適用されることはほとんどありません。
運転者は、そんなつまらぬ法律論に首を突っ込まないで、事故の現場の模様、自分が被害者をどこで発見したか、被害者はどれくらいの速さでとび出したかなど、主張すべき点について、はっきりと主張すべきだと思います。
交通違反と過失との関係も一言しておく必要があります。
事故を起こしたときに、交通違反をしていれば、たいていその交通違反が過失の原因となっています。しかし、そうはいっても、両方の関係はそう簡単に割り切れるものではありません。
交通違反がなければ過失はないぐとはいえません。道路交通法には必要最小限のことしか決めてないので、わかりきったことや、こまかいことは書いてないのです。
その反対に、人命を救助するためやむを得ないときは、道路交通法に違反しても差し支えない場合もあるといえましょう。
自動車運転者は、平常道路交通法にしたがって行動すべきで、それが人命を尊重するゆえんでもあるのですが、極端な場合は道路交通法に違反してでも人命を救助しなければならない場合があるのです。究極的にば社会人として健介在常識判断にしたがって行動すべきです。その場合は過失はないといえます。このように故意と過失を区別する基準とか、過失の有無の関係などは、非常に複雑です。
経営者が責任を負わない自動車の使い方は/ 他の会社の車で事故を起こしたときの責任/ 倒産会社の車が起こした事故と債権者集会の責任/ 無断運転の同乗者がケガをしたときの会社の責任/ 現場の運転手の事故に社長は責任を負うか/ 運行管理をしていない重役にも事故の責任はあるか/ マイカーが通勤中に起こした事故と会社の責任/ 無断運転で事故を起こされたときの会社の責任/ 妻名義の車で夫が事故を起こしたときの妻の責任/ 下請会社が事故を起こしたときの元請会社の責任/ 企業のマークを許した運送会社の車が事故を起こしたとき/ 代表取締役個人が交通事故の責任を負う場合があるか/ 事故現場でとるべき措置と義務/ 相手に過失があるときの応答/ 事故現場で心得ておくべき事柄/ 事故現場で警察官と応答するとき/ 自分に過失がないときの対応の仕方/ 事故現場で有利な状況判断をするには/ 他人の過失で事故が起きたときの対応/ 事故現場での運転者の心得/ 実況見分書などの作成で注意すべき点/ 被害者の過失を立証する資料はどう集めるか/ 数ヶ月たってから被害者が賠償を請求/ 持病による入院治療費を支払う必要があるか/ 運転手が助手を轢いたときの賠償/ 加害者が示談するときの注意点/ 被害者が脅迫的に賠償請求するときは/ 警察官の取調べにどう対応したらよいか/ 検察官の取調べにはどう応答するか/ 事故現場から刑務所までの手続き/ 刑事事件で弁護人を依頼するとき/ 刑事裁判の手続きはどう進められるか/ 面会や差入れをしたいときはどうするか/ 保釈と保証金の取扱い/ 刑罰の種類と執行猶予の関係/ 事故の量刑はどのようにして決められるか/ 示談による解決と刑罰の関係/ 交通違反で懲役刑になるときは/ 刑の執行はどのようにしてされるか/ 故意犯にも区別があるか/ 過失犯に刑罰の軽重がでてくる理由/ 故意と過失を区別する基準/ 信頼の原則とは/ 違反現場で抗弁を聞いてくれない/ 標識が見えないときの違反はどうなるか/ 自動車検問を警察官ができる場合/ スピード違反で手錠をかけられたときの対策/ 見にくい標識を見過ごしても交通違反か/ 保険契約の手続きと要点/ 運転手は強制保険によって保護されるか/ 保険金の請求は被害者からもできるか/ 被害者が填補金を請求できる場合/ 通知義務違反を理由に保険金を払ってくれない/ 死亡による慰謝料を払ってくれない/ タクシーで落石事故にあい保険金がもらえない/ 子供の得べかりし利益の算定に納得がいかない/ 示談後に予想外に治療費がかさみ追加請求したが/
copyrght(c).道路と交通の豆知識.all rights reserved