死亡による慰謝料を払ってくれない
私の姉は六五歳で生涯独身で暮らしていました。日常日雇人夫などをして働いていましたが、年をとってからは私の家族とともに同居していました。ところが、ある日後退してきた大型トラックに轢かれて即死しました。私は弟として葬式をし、加害会社との示談もすすめ、強制保険の支払いを受ける手続きをとりました。
保険会社では、姉の得べかりし利益として、日雇の収入によって稼動年数三年分をホフマン式で計算し、六五万円と私が葬儀費用に使った実費八万円を支払ってくれたにすぎません。慰謝料はこの場合には支払えないと拒絶されました。なぜなのでしょうか。
一般に慰謝料は被害者が被った肉体的、精神的苦痛を償うために苦痛を金銭的に評価して加害者に支払義務を認めるものです。したがって、交通事故によって受傷した場合、得べかりし利益などの財産的損害と並んで原則的に慰謝料請求権が認められています。
ところが、被害者が死亡した場合の慰謝料はこれを認める立場(積極説)とこれを否定する立場(消極説)があります。死者の慰謝料を認める積極説からは、相続人がこれを相続して加害者に請求することになりますが、そのためには、いったん死亡した被相続人に慰謝料請求権を帰属させることになります。そうすると、人は自分の死亡による苦痛をその人自身が経験し、そして死者そのものが加害者に対して損害請求権をもつというおかしな結果になってしまいます。
その意味で、現在最高裁判所では死者の慰謝料を認める立場に立っていますが、これを否定する裁判例が非常に多くなってきています。
保険会社が被害者である姉さんの慰謝料を支払えないと回答したのは、すでに述べました死者の慰謝料を認めない裁判例を基準にしているからです。
けれども、一方、民法七一一条は「他人ノ生命ヲ害シタル者ハ被害者ノ父母、配偶者及ヒ子二対シテハ其財産権ヲ害セラレサリシ場合二於テモ損害ノ賠償ヲ為スコトヲ要ス」と規定しています。
すなわち、前に述べたように死者の慰謝料を認めないとしても、被害者の父母、配偶者および子には近親者を死亡させられたことによって各々固有の精神的苦痛があるはずですし、民法はそれを保護法益としてそれらの人々独自に慰謝料請求権を認めています。
そこで、実際の運営上は、死者の慰謝料を相続させるか、相続人固有の慰謝料を認めるかは法技術の問題で、被害者側の慰謝料額そのものは総体的に差異が認められていません。
けれども、民法七一一条の解釈に当たって、問題がないわけではありません。この規定にあるように「被害者ノ父母、配偶者及ヒ子」にのみ固有の被害者請求権があるにとどまり、兄弟姉妹は含まれていません。保険会社が被害者の弟であるあなたに固有の慰謝料を認めなかった理由の一つはここにあります。
このように、民法七一一条の解釈に当たって、死亡の場合に慰謝料を請求できる近親者の範囲を限定する立場に反対して、父母、配偶者、子以外の者でも深甚な精神的苦痛を受けたことを立証すれば固有の慰謝料が請求できる、とする説が有力となっています。
最近、東京地方裁判所で被害者の弟、妹のみならず、姪にまで固有の慰謝料請求権を認めた判例が出ています。本問の場合にも保険会社が支払いに応じなければ、専門家に相談して民事訴訟を提起することが得策かと思います。
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