裁判所では過失相殺をどのように運用しているか
被害者に過失があれば減額されるのだということはわかりますが、実際、裁判所では、この過失相殺をどのようにして運用しているのでしょうか。また、過失相殺を適用する場合、損害賠償の全部の項目について、これを適用するのでしょうか。
裁判において過失相殺をどの程度斟酌するかという基準については、裁判官の自由裁量にまかされています。
過失相殺を規定した、民法七二二条二項によりますと「被害者に過失があったときは、裁判所は損害賠償の額を定めるについてその過失を斟酌することができる」となっていて「斟酌しなければならない」と規定されていません。
そこで、被害者に過失があっても、事情によっては、裁判官の裁量によって、過失相殺を適用しないという判例も出てくるわけです。
しかも過失相殺を適用したか、斟酌した割合はどの程度かなどの説明を判決文の理
由の中で明示する必要もないとされているのです。このため今までは、過失相殺の基準がはっきりせず、裁判官の個人差により取り上げ方に大きな差がありました。
また、被害者、加害者の訴訟の当事者にとっても裁判の結果の予測をたてることがむずかしく、証拠調べという、わずらわしい手続きと時間をかけて判決に委ねてしまうという方法が大変多かったようです。
このあいろを取り除くために昭和四四年一月、東京地方裁判所の倉田、福永の両判事によって自動車事故過失割合の認定基準表が作成されてたいへん勇気のある試みがなされたのです。
最後に過失相殺の対象、その減額方法についてふれてみましょう。過失相殺を適用する場合に、すべての損害に対して斟酌するのか、あるいは、その中の一部の損害種目についてのみ減額するのかという問題があります。
人身事故の損害には、大別すると、治療費、通院交通費などの積極損害、逸失利益、休業損害などの消極損害と、慰謝料の三つにわけられます。
この三つの損害種目に対して過失相殺を適用し、減額する方法には、判例上三種のやり方があります。
一つは、損害種目全休に過失相殺を適用する方法です。
この方法は、「事故による損害の公平の分担」との思想にもかないますので、判例では、この形式がもっとも多いし、賠償額の定型化の要請にもマッチするやり方でもあります。
二つ目は、逸失利益と慰謝料の二種目に対し過失を斟酌するが、積極損害は、全額認めるという方法です。
残りは、慰謝料だけについて過失の割合を斟酌するという形式です。
このように過失相殺の適用の対象種目ごとに区々わかれる判例が出ているのは、過失相殺の斟酌が裁判官の自由裁量に委ねられている法律上の制度からの一つの発想でもあります。
また反面、過失相殺を全部の種目について適用すると、過失の多い被害者に対して、加害者が治療費など多額に支払っていた場合などに、相殺の結果、被害者に支払分が出てこない、逆に加害者がもらわなければならないという、まことに被害者救済の実をあげ得ないおそまつな結論が生ずることがあるからです。
そのため、被害者に賠償金が手もとに渡るようにとの政策的な配慮を働かせている面もあります。
交通事故の賠償金はどのような法律によって定められているか/ 運行供用者の交通事故の責任/ ケガの場合の損害賠償の算出/ 死亡事故、物損事故の場合の損害額の算出/ 死亡したときの損害賠償の請求額は/ 得べかりし利益の算定の仕方/ 弁護士費用はいつでも請求ができるか/ ケガの場合に請求できる損害の範囲/ 働けないほどケガをしたときの損害賠償は/ 後遺症の危険があるときの被害者の心得/ 後遺症の場合の損害賠償の時期/ 交通事故で財産上の損害を与えたときはどうなるか/ 店舗を壊された被害者の賠償請求は/ 歩行者が落とした時計をひいたら全額弁償を要求された/ 急ブレーキをかけて故障したときの賠償請求/ 犬が轢かれたときの賠償請求/ 車の修理費や代車料は賠償請求できるか/ 過失相殺とはどのようなことをいうのか/ 誰に対しても過失相殺は主張できるか/ 裁判所では過失相殺をどのように運用しているか/ 自動車保険でも過失相殺をされるか/ 被害者の息子の過失のために事故が起きたとき/ 入院中の態度が悪いために被害が拡大したとき/ 過失割合の認定基準/ 好意同乗者はどれほどの過失相殺をされるか/ 横断歩道上の事故でも過失相殺されるか/ 飛出し事故の過失割合はどのくらいか/ 追突事故では過失割合はどう認定されるか/ 交差点で衝突したときの過失割合/ 複数の車の事故による賠償はどうなるか/ 路上で寝ていた人を轢いた場合の過失割合/ 荷台から転落して死亡したときの過失割合/ 自転車に三人で乗っていた場合の過失割合/ 使用者責任と運行供用者責任の関係/ 時間外の無断運転中の事故、雇用関係のない者の事故はどうなるか/ 貸した車が起こした事故と貸主の責任/ 自動車の名義貸人の責任と盗難車が起こした事故の責任/ 損害賠償をした使用者は従業員に求償できるか/ 休業中に従業員の起こした事故はどうなるか/ 会社の車を無断で使用中の事故はどうなるか/ 修理工場の工員が起こした事故と所有者の責任/ 同乗していた経営者の責任はどうなるか/ 社員個人の車が通勤中事故を起こしたときは/ 好意同乗者が死亡したときの賠償責任/ ダンプ持込みの運搬業者が起こした事故責任/ 複数の車が人をはねたときの責任関係/ 家族全部が共同で働いていた場合の事故の責任/
copyrght(c).道路と交通の豆知識.all rights reserved