誰に対しても過失相殺は主張できるか

私の住んでいるは住宅街の真中ですが、私の三歳になる一人息子が急に母親の手許から離れてかけ出し、路地から道路に飛び出して行き、牛乳屋の自動車にはねられ死亡しました。牛乳屋と現在示談交渉をしているのですが、牛乳屋は子供が道路に飛び出してきたのだから、その過失の割合は非常に多いので過失相殺をするといっています。私としては三歳の子供が自動車は危険なものであることを知っているとは思えませんし、交通道徳をよく理解しているとは決して思われません。にもかかわらず過失相殺を適用するとは、どうしても理解できないのです。この点についてどうなのでしょうか。

 過失相殺を適用して被害者の損害を減額するためには、その前提として被害者に過失があることが要件となります。
 ところで、この被害者の過失は、不法行為によって被害者に損害を与えた加害者の過失と同じ性質のものでいいのだろうかが問題となります。過失ということは、ある注意をすれば事故の発生を予防できたのにもかかわらず、注意をしないために損害を発生させてしまうことをいいます。

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ところで、加害者の事故に対する責任を追求するための過失を求めるときには、加害者に不法行為責任の能力がそなわっていなければならないとされています。この能力とは、注意をしないことによってある悪い結果が予想でき、その結果が発生すれば自分がどういう責任を問われるのかを理解できる知能を特っていることをいいます。過失相殺が適用される場合の被害者にも、同じ能力が必要であると以前は考えられていました。
 しかし、昭和三一年七月二〇日、最高裁判所は、被害者の過失能力について、事物を弁識する能力がそなわっていれば十分であるとの以前の考え方を変更する判断を示しました。
 満八歳の小学校二年生の児童が、自転車に相乗りをしていて、交差点でコンクリートミキサー車と衝突し死亡してしまった事件で、「常日頃学校や家庭で交通の危険について十分に教育を受けていて自動車が危いという車を認識していたものと推測できるから事理弁識能力がそなわっていたものと認められる」と判断して、弁識能力がありさえすれば過失相殺が適用されるとの方向性を示しました。
 この事理弁識能力とは、物事に対し良いか悪いかを判断する知能がある場合をいうものとされていて、過失責任能力より一段低い能力です。
 では、つぎに行為責任能力と事理弁識能力とを具体的な事例をあげて説明してみましょう。
 たとえば、自動車がスピードを出しすぎて歩行者をひき殺した場合を考えてみますと、その運転手にスピードを減速し、よく注意して運転していれば、歩行者をひくという事故の発生を防止できたはずです。しかしそういう注意をせずスピードを出して進行したため、このような大事故を発生させてしまった。そのため自分は、この事故の損害賠償の責任をおわなくてはならないなどの事情を理解する能力が行為責任を問われる楊合には必要となってきます。
 これに対し、事理弁識能力というのは、自動車は大変危険な機器であるから、道路を横断する場合には信号に従ってわたらなければならないし、左右の自動車の動勢を注意していなければならないなどの事柄を理解できる能力をさします。飛び出しはいけないことであるとの良し悪しを理解する知能があれば、それで飛び出した結果、どのような損害が発生するかまで理解する必要はないのです。
 そこで、弁識能力は小学校に上がる年令に達すれば、そなわるものとされます。行為責任能力は一五〜一六歳ぐらいからといわれています。なお下級審の判例の中では五〜六識の幼児でも弁識能力が備わっていると判断しているのもあります。
 ところが、事物の弁識能力が備わっていなくても過失相殺の適用が許されるとの東京地裁の判例が出ました。
 その理由は、過失相殺のできる過失は、その人に非難が加えられるような状態をさすのではなくて、客観的な行動に重点をおき、注意を欠いたような行動があれば過失相殺の対象になるとして、二歳六ヵ月の幼児の飛び出しの事故について、七〇パーセントの過失相殺をしました。
 この立場にたてば、幼児はもちろんのこと精神病者の場合でも過失相殺が斟酌されることになります。
 本問の疑問はもっともです。従来の伝統的な考え方から判断しますと、三歳の子供ですから、弁識能力は備わっていませんので、過失相殺が適用されるということはありません。しかし、前記の東京地方裁判 所の弁識能力は必要ないとの判断を重視しますと、過失相殺が適用されるわけです。
 子供自身に過失相殺の適用がされないとしても、あなた方両親が受け取る賠償額がすべて減額されないわけではありません。両親など子供を監督する立場にある者が、幼児を一人で交通量のはげしい道路に放置するなどのように監督上に過失があれば、子供の監督義務違反として、あなた自身の過失が追求されるわけです。
 そこで、子供さんとあなた方両親とを被害者グループとみてあなたの監督義務違 反の過失を被害者の過失として過失相殺が適用されます。
 ただ、監督義務違反の過失を追求される場合の過失の程度は、子供の監督という漠然とした、しかも広範囲の責任を課せられているという関係もありますので、最高三〇パーセント程度しか減額されないといわれてします。

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