歩行者が落とした時計をひいたら全額弁償を要求された
ドライブを楽しんでいたところ、歩行者が転び、そのはずみで車道へ飛んできた時計をひいてしまいました。歩行者から、一〇万円で買った時計だから全額弁償しろと要求されています。私としては割り切れない気持ちですが、支払わなければならないでしょうか。
世間では、交通事故があまりにも多いので、どんな事故でも、結果として事故が発生したかぎり、運転者に責任があると、一般に考えられています。そして、事故の発生を未然に防止するといった政策的見地から、過失の有無をあまり深く追及せずに運転者に刑事上の処分を科している例も多く見受けられます。
以前、子供を使っての当たり屋夫婦として有名になった事件がありましたが、あの場合も当てられた運転者は、ほとんどが業務上過失事件として取り扱われ、なかには刑事処分を受け、かつ免許証の停止処分まで受けた人がいたわけです。そのうえ示談金をだまし取られたことはもちろんです。
当たり屋事件はまさに異例のケースといえるでしょう。しかし、鉄道自殺と同視することができないにしても、幼児の一人歩きや、酔っ払いの千鳥足も後をたたず、あげくの果てには道路中央に高いびきをあげて寝込んでいる酔漢もないではありません。てんかん患者が、自動車の直前で発作を起こすこともないとは、保証されていません。対向車にはね飛ばされた歩行者が、自動車の直前に倒れて起こす事故も多く見聞いたします。
本問の場合もここに上げた例に似通っているのではないでしょうか。そこでまず損害賠償義務が発生する前提となる、故意または過失があなたにあったかどうかを考えてみましょう。最近では、取締目的から故意、過失の有無を深く追及せずに運転者に責任をとらせていた旧来の態度が反省さ
れるようになり、とくに自動車どうしの事故については、「許された危険」とか「信頼の原則」の適応により最高裁判所判例によって無過失とされた例も出ています。
これに反して、車と歩行者の事故については、「信頼の原則」が適用された裁判例は比較的少ないといえるようです。
また、刑事上と民事上においても、過失についての慨念のきめ方にいくらかの差異があります。
要は本問の場合も、具体的にどのような情況のもとに時計をひいたかという事実から確定する必要があります。
普通の運転者が、制限速度内でドライブしていたのであれば、当然急停車して時計をひかずにすんだのに、あなたが不注意であったり、またはスピードを出しすぎていたため、時計が飛んできたのに気づかなかったのであれば、過失責任を免れないでしょう。とにかくあなたにこのような過失かあったか否かがきめ手となります。いいかえれば、ほかの運転手でも気づかないのが普通であり、仮りに気づいてもあまりにも接近し過ぎていたために、ブレーキが間に合わない場合は、あなたに過失責任はないといえます。
そのおそれは少ないと思いますか、万一あなたに過失責任があると仮定して、賠償責任の有無と額についてふれておきましょう。ここで、まずこわれた時計の時価かいくらのものであるかということから確定し、つぎにその時計かどの程度にこわれたかを明確にする必要があります。
全損してまったく使いものにならない場合は、その時計の時価を標準として賠償額が決定せられ、単に修理を要するようなこわれ方であれば、修繕費を弁償すれば足りるわけです。のみならず、歩行者は自分の過失で転んだのであり、一〇万円もする時計だとすると、持ち歩き方にも軽率な点かあったと考えられます。そこで歩行者側の過失は賠償額を決定する際、減額の理由となります。過失相殺といわれる原則です。
したがってあなたの場合は、過失責任を負わないと考えられる蓋然性が強く、仮に責任ありとしても、相手方の過失も大きいので賠償額はおおいに減額されるでしょう。一〇万円全額を賠償する必要がないということです。
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