ケガの場合の損害賠償の算出
交通事故の被害の因果関係を探求するとかなりの範囲まで拡がる場合があります。たとえば、信号待ちをしている車に追突し、その車に乗っていた人が、ムチ打ち症になり一年間の入院生活を余儀なくされた。この人は、三〇〇名の従業員を使っている中小企業の技術担当の常務であって、ノウハウの技術を有している人だった。ところが、この人の入院のため、この技術が使えず、生産をストップしたため会社が倒産し、三〇〇名の従業員が失業した。この従業員の家族の一人か、それが原因で自殺した。
ちよっとした追突という原因が因果関係をつきつめるとこのように多くの被害を発生させる場合があります。しかし原因をつくった加害者にしてみると、それらの損害のすべてを賠償しなければならないとしたら、それこそ大変です。
このように交通事故によって被害を与えた加害者に、因果関係のうちどの範囲の損害までを負担させるかの打切り基準が通常相当因果関係といわれています。
しかし、ここで抽象的に相当因果関係の範囲といわれてもその判断に苦しみます。そこで、加害者と被害者の利益をおしはかって誰にどんな損害を負担させるのが公平であるか、という損害賠償本来の趣旨にたちかえって、つぎの三点を基準として各ケースごとに個別的、具体的に判断していくことになります。
必要性 - 被害者の治療費、交通費などの出費が、被害者の負傷を快復するうえに必要であったかどうか。
相当性 - 必要があるとしても被害者の社会的地位、生活程度、一般の価格からみて相当のものであったかどうか。
合理性 - 必要性、相当性があったとしても、普通の人が交通事故による賠償として一般的に納得できるものであるかどうか。
ケガのときの損害賠償としては、治療費とそれに付随する費用、怪我をして入院したり、通院したりして、治療にかかった費用。通院のための交通費。入院中にかかった永代、栄養費などの給費等で負傷者側が支出したもの(積極損害)を、損害として加害者に賠償を求める上で、特に問題となる点はあまりないでしょう。
ただ特別室に入院したため、通常の入
院費用とくらべて、よけいかかった、タクシーで通院したため、交通費がかさんだとか、普通より多額の出費を余儀なくされたとしても、特にそうしなければならない必要があれば、原則として認められます。按摩、マッサージ、はり、きゅう、指圧などにかかった費用も当然請求可能です。
付添看護婦さんか、家攻婦さんを頻んで、支払った費用は、加害者に請求できます。
両親とか、妻とかの近親者が付添い、実際に金額を支払っていなくても、損害として認められます。
その他、見舞客の接待費、医師や看護婦に対する謝礼、快気祝の費用、将来の治療費、温泉療養費など、現実にいろいろの支出が考えられます。この支出額のすべてが認められるかどうか問題のあるところです。
弁護士に依頼して、損害額をかちとるため裁判に訴えた場合に、弁護士に対し着手金とか成功報酬とかの費用の支払いをするのは当然のことです。この弁護士費用は、交通事故(民事)の訴訟では加害者にこの負担を命ずるのが普通となりました。すなわち加害者から、とれるのです。
被害者が事故のため支出した治療費、付添看護費用などと同じ支出であるとの考え方によるものです。しかし加害者に支払いを命ずる額は、被害者が現実に弁護士に支払った額全部ではありません。裁判で認められる額の一〇パーセント前後です。和解など途中で円滑に話をつける場合などには、一般に弁護士費用は、認められないでしょう。
訴訟になる前に、損害賠償の交渉のために弁護士さん、あるいは知人に依頼し、そのためかかった費用(示談交渉費)については、入院中で、自分自身で交渉することができなかったなどの特別の事情があればともかく、相手方から支払いを受けることはむずかしいと理解した方がよいでしょう。
怪我をしたため勤めを休み、このために、給料や、賃金、賞与をもらえなかったら、その損失は相手に請求できます。怪我も治り、働けるのに、怠けて働かなかった場合には、認められないのは、当然でしょう。
治療して怪我が治っても、後遺症が残ったため、事故前と同じ働きができなくて、同じ収入をあげられないのが普通です。このように将来の収入の減少分は、後遺障害による逸失利益といわれるもので、損害賠償として相手方に請求できます。
この損害の計算方法は、一年間の減収分を算出し、この基礎数字に、将来働けるであろう期間を乗じて、ホフマン方式あるいはライプニッツ方式による中間利息を控除して算出した額が逸失利益となります。
減収分について、具体的な数値を把握できない場合は、事故前の収入に対し身体障害等級表該当の労働能力喪失率をかけて算出します。
たとえば、障害等級五級であれば喪失率は七九パーセントであるから、七九パーセントを乗じて算出された数値が減収分となります。中間利息控除のホフマン式の系数(あるいはライプニック式の系数)は年数に応じた、系数表がおりますからこれを利用すればよいでしょう。
怪我をして、痛い目にあい、精神上いろいろの苦痛を受けます。この精神的苦痛に対する損害賠償が慰謝料といわれるものです。後遺症が残った場合にも、それ相応の慰謝料の請求も認められます。どのくらいの額が慰謝料として請求できるかとなると、具体的なケースでいろいろ異なりますが、東京地方裁判所ではこの額について一定の基準を設けています。
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