使用者の免責事由

会社の運転手が交通事故を起こしましたが、会社としては運転手を雇うときその運転免許証で適格性を調べ、雇ってからも毎日車の整備を厳重に申し渡し、運転する前には十分注意して運転するよう厳しく申しつけております。したがって、使用者として選任監督について過失がなく、会社は責任を免除されると思いますがどうなのでしょうか。
これは、被用者が交通事故を起こした場合に、使用者(雇主、会社)は、どのような証明をすれば賠償責任を逃れることができるかという問題です。
使用者は本来被用者が事業の執行について第三者に加えた損害を賠償しなければなりませんが、使用者としての免責事由として、「被用者ノ選任及ビ其事業ノ監百二付キ相当ノ注意ヲ為シタルトキ」または「相当ノ注意ヲ為スモ損害ガ生ズベカリシトキ」には責任を免れることができるようになっています。そこで、問題は被 用者の選任、監督についての相当の注意とはどのような注意かということになりましょう。常識的に考えると「相当の注意」は、かなりの注意という程度に考えられますが、これまでの判例によりますときわめて高い程度の注意を要求され、なかにははっきりと「特に高度の注意」とか「深甚の注意」とか述べているものもあります。
そして、使用者は、選任、監督のどちらか一方に過失があれば免責されません。たとえば、自衛隊隊員の過失事故に対して、その選任については相当の注意をしたと認め、監督については相当の注意をしたものとは認め難いとして、結局国に損害賠償の責任を認めた事例があります。

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選任については、「運転手を採用するに当り、運転免許証の呈示を求めて交通事犯の前歴の有無を調査することなく採用したとき」はもちろん、たとえ「敵格な採用試験をしたり」、雇い入れる際事故の前歴のないことを確めたうえ採用し」ても、それだけでは選任について相当な注意をしたことにはならないとしている判決がふつうです。
つぎに、監督責任についても、きわめて威格な注意を求めており、「平素の復活的な訓示注意だけでは足りず、具体的な個々の運転につき個別的な必要且つ充分な注意を与へたことを要する」としており、単なる一般的な訓示、指導を与える程度では足りないとしております。このほか「運転者として事故防止の訓練をしたり、規則の改正を特に周知せしめたりする等」や「雇用後、毎日自動車の整備を厳命し、運転着手前には十分運転に注意するよう申し付けており、事故発生の当日においても同様であったこと」、雇い入れ後運転手を班別にして班長が直接実地指導し、その承認を経てから単独運転をなさしめていたこと」などの事実が認められる場合でも、いずれもまだ監督について椙当の注意を尽くしたものではないとしております。極端な事例としては、あるバス会社の場合、「運転手を採用するにあたり、学科試験、実地試験、面接、器能検査(クレペリン反応)、身体検査等を行ない、採用後は一〇日間古参運転者の指導のもとに実地指導を行ない、また、常時乗務員服務規程を携帯させて熟読服貢させ、さらに始業前、点検記録表により各装置の凱旋を敏重に点検させて、これを上司の運行責任者に報告させ、運行管理者はその出発に際して運転上の注意をした後出発させていた」のに、「未だもって注の要求する相当の注意をなしたものといい難い」としてその抗弁を認めなかったほどです。
このような判例によってもわかるように、裁判所の求める使用者の選任監督の注意義務は、高度というよりは無限に近いものがありますから、本問の場合でも、その程度の注意ではとうてい使用者責任を免れることは困難です。したがって、むしろ使用者責任を自認し、早急に被害者側とよく話し合って円満に解決される方が得策と思われます。
しかし、問題としては、使用者はどのような選任監督の義務を尽くしたら責任を免除されるかということでしこう。しかし、裁判所は、その免責の具体的な基準を示しておりませんし、実際に免責を認めた例も見あたりませんので、従来の判例に従うかぎり、民法七一五条一項但書の免責事由の規定は、実質的には無意味なものになっているというほかないでしょう。これは、現在盛んに唱えられている「危険責任」および「報償責任」の考えから、交通企業のような危険な仕事を営み巨大な利潤を得ているものは、とうぜんそれに伴って生ずる損害については、その収益の中から他人に与えた損害を賠償するのが公平であるという考えにもとづいているように思われます。ただ、日本においては巨大な利潤を得ている会社は少なく、大部分は利潤率の低い中小企業者であり、この見解をそのままあてはめることが妥当かどうかは疑問のあるところでしょう。また、他方その損害賠償額は、結局何らかの形で企業の経費の中に含まされ、料金、代金などの値上げやひいてはそれから生ずる物価高という形で利用者たる一般公衆に転換される結果を招きますから、交通事散による損害について、ただ企業者責任を強化すれば足りるということにもならないでしょう。しかし、企業者は任意保険をつけることによって大きな負担を分散させることができますし、それが被害者を保護するのにも適しているわけです。したがって、任意保険をつけない企業者が重い責任を課せられては困るといっても、それは任意保険をつけなかったのだからしかたがないといわれてしまうでしょう。ですから、企業者としては、事故を少なくするように努力するとともに、任意保険をつけることによって、危険を分散させるように努めるべきでしょう。
なお、企業者は、被用者である運転者が人身事故を起こした場合には、民法の使用者責任のほか、自賠法三条但書の免責事由を満たさないかがり、運行供用者としての賠償責任がかかってくることを忘れてはなりません。

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