交通事故での保護者の監護義務と過失相殺
いわゆる責任能力のない幼児が交通事故の被害者となった場合、ほとんど例外なくその監護者の過失責任およびこれによる過失相殺の可否が問題となります。
監護者の過失責任については、相殺不能説と相殺可能説とがあります。相殺不能説は、被害者が責任無能力者の場合、本人に注意義務を課することはできないし、その監督者に監督上の過失があったとしても、民法七二二条二項には「被害者ノ過失」といっているのであるから、その監督者の過失を斟酌することはできないとするもので、大正四年の判例以来、昭和三四年ごろまで裁判所が長い間採ってきた見解です。しかし、この見解を採っても、「かような監護の過失は、被害者たる子の現在まで、お
よび将来の精神上の苦痛に影響のないものとはいえないので、慰謝料の算定についてはこの点もまた参酌すべきである」として、慰謝料額算定の参酌事由として認めているものは多かったようです。
つぎに、相殺可能説では、監識者の責任そのものとして過失相殺を認める説と、幼児と監護者とを一体として過失相殺を認める説とがあります。前説は、責任無能力者を野放しにし危険にさらすこと自体監護者の責任であるとするもので、この説による裁判例として、
三歳六月の幼児を交通量のある道路を横断させて買物に行かせた場合。
加害者私有地で、営業用トラックが砂利、砂などの積荷積み下ろしのためひんぱんに出入する場所に、看視することなく五歳三月の幼児を遊ばせていた場合。
四歳の幼児を所用の帰途自宅付近の自動車の往来の頻繁な橋の上に残して帰宅した場合。
交通ひんぱんな道路ではないが、常時子供を路上で遊ばせ、被害者方筋向かいにある駐在所の巡査から注意を受け、現に以前にもその幼児が自動車にひかれかけたことのある場合。
五歳七月の幼児を、問屋街で道路の有効幅員が狭く自動車の運行がひんぱんで、きわめて危険な場所か二人歩きさせていた場合などがあります。
つぎに、後者の幼児と監護者の一体説は、民法七二二条二項の「被害者ノ過失」の解釈について、その「被害者」のなかに監護者などを含めて「被害者側」と広く解釈しようとするもので、昭和三四年最高裁がこの説を採用して以来、これに従う下級審が多くなっています。たとえば、満六歳の児童を伴い外出先からバスで帰途につき停留所で下車したとき、その児童が帰宅を急ぐあまり左右の交通状況に注意しないで筋向かいの自宅にかけ出して自動車にひかれて死亡した事件について、親権者は自ら児童を傍らに連れて帰宅するか、もしくはバスから降車する際または降車直後にてさせるなどの注意義務かおるとし、あるいは会社勤めの母親が四歳の幼児を伴って出勤し仕事中、同店の前で幼児が傷害を受けた事故について、その道路が本通りで相当の交通量があるから幼児が不用意に道路に出ないように監督すべきであるのに、それにきづかなかった不注意かおるとして、被害者例の過失を認め、過失相殺をしている事例があります。
要するに、この一体説は、民法七二二条二項における過失相殺において監督義務者の過失が考慮されるべきか否かは、発生した損害を誰に負担させるのが公平の原理に合致し、社会的妥当性をもつことができるかということが、その規定の趣旨であることから、経済的あるいは社会的には一体とみられる身内の過失の場合には、これを含めることが妥当だという考え方です。したがって、その意味で、「被害者側」の範囲は、被害者のほか、親権者、後見人のように生活上で全面的に監督義務を負う者に限るとすべきでしょう。
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