社員の通勤車での事故
私の経営している会社の社員のなかには、自家用の自動車、オートバイまたは原動機付自転車で通動してくる者も少なくありませんが、その通勤途上で交通事故を起こした場合でも、会社は使用者責任を問われなければならないのでしょうか。
このような問題については、昭和四〇年一二月一〇日大阪地方裁判所が、会社側に運行供用者責任を認め、損害賠償を命じた判決をだしましたので、社会の注目を浴び、新聞、雑誌などに広く報道されたことかありました。これは保険会社の営業所長が、通勤に使っていた自家用車で帰宅の途上、事故を起こしたという事件ですが、月掛保険で外勤が多いという業種・業態や、管理職である所長に自家用車による通勤を許容放置していることから、業務や連絡にそれを利用させていたことが推察されるとし、営業区域内および業務に密接に関連した大阪市域内では、出勤日には会社が所長とともに運行供用者となるというべきだとしたものです。この判決には反対の意見もあるかと思いますが、ともかく、所長という管理職で、事業用にも使っていたもの
と見て、責任を負わせているわけです。
これに対して、ふつうの社員のマイカー族が、単に通勤だけのため、あるいは私用のため運転中事故を起こしても、会社に責任がないことは明らかであり、定説であるといってよいでしょう。裁判例でも、その点を明らかにした判決があります。この事件は、事故当時松戸市で請負施行中建物建築工事の現場監督が東京にある自宅と工事現場との間を軽二輪車で往復していたところ、その通勤中通行人にケガをさせたため、その現場監督本人のほか、同人の勤めている会社を民法七一五条の使用者責任があるとして訴えた事件です。しかし、裁判所は、会社の責任については、「現場監
督が自宅から工事現場への通勤の便宜のため、自己所有の車を使用していたもので、本件事故も工事現場における用務を終え、被告会社へ赴く途中に惹起されたことが認められ、この事実によれば、本件事故は、被告(現場監督)が自己所有車によってただ通勤する過程において生ぜしめたものというべきですが、この事実だけをもってしては、いまだ被告車の運転が、客観的外形的に見るも被告会社の事業の範囲に属するというには足らず、従って本件事故が被告会社の事業の執行につきなされたとするには充分でなく、他に本件全証拠をもってしても、これを肯定するに足りない」と判示して、その請求を認めませんでした。
このように、いわゆる自家用車族が、その通勤の途中、あるいは全くの私用のため運転中、人と衝突してケガをさせたり、他人の店に飛び込んだりして物をこわしても、それは運転していた本人だけの不法行為であって、勤務先の会社や雇主に責任のかかってくるものではありません。車の持主でなくても、その同僚などが車を借りて自分の用事のため運転していた場合も同様です。もし、会社にも責任があるとするならば、公務員の場合には国または地方団体、学生ならば学校にまでというように責任が広がり、著しく社会常識にも反することとなるでしょう。したがって、本問における場合なら、会社には使用者責任はないといわなければなりません。
しかし、たとえ個人の車であっても、会社の業務のために車を運行していた場合には、事故を起こした本人のほか、会社も損害賠償の責任を負うことになります。この場合、「事業ノ執行」という意義に注意しなければなりません。この意味は、車を使用することが必ずしも会社の荷物運搬とか、営業取引先の客人を送迎するとかいうような目的の場合に限られず、車そのものが会社に出勤することでも、事業の執行と判断されるからです。このような空車の運行は、一見、会社の業務の執行とは関係がないようにも思われますが、裁判所の考え方としては、会社の必要に応じるため会社に車を運ぶのだから、空車の運行そのものが会社の業務にあたるというわけです。
また、車の所有者は社員であっても、会社がこれを利用し営業のため用いたりしますと、はじめの大阪の例のように、自賠法三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」すなわち運行供用者としての損害賠償責任を負わされるおそれがあります。この場合、問題となるのは、いわゆる「運行利益」の帰属と「運行支配権」の有無という二つのことがらです。すなわち、会社や雇主の側に、その車を支配している状況があったか、また、その車を運行することによって利益を挙げていたかということです。したがって、単なる名義が社員所有となっているだけで実質的には会社所有のものとして運行に供せられていた場合はもちろん、会社の業務として時おり使用し、その代わり会社側がガソリン代などを支払っているような場合でも、会社側に賠償責任を負わせることになるでしょう。しかし、単に会社の構内に駐車場を提供しているに過ぎないような場合には、会社側にはなんらの運行支配も運行利益もないのですから、賠償責任はないといえましょう。
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