名義貸しでの賠償責任
私の父は、道路横断中、車体に「○○株式会社」と表わされているトラックにひかれ重傷を負いましたので、同社に交渉したところ、同社の係員は、「その車は単に名義を貸してあるだけで、私の会社の車ではないから、運転手とかけ合ってくれ」といわれました。しかし、その運転手には賠償能力はないように思います。この会社に賠償責任はないでしょうか。
いわゆる名義貸し自動車の交通事故が最近急増の頑向にあります。特に、自動車運送事業の免許がとれないため、正規の業者の名義のもとで実際には独立してモグリ営業でトラックを運行の用に供したり、あるいは農家でトラックを買ったが自家運搬の貨物がないため営業用事の許可がとれないため他社の名義を借りて他社の荷物その他の運搬を内密に引き受けて個人的に運送屋を営むような者が少なくありません。しかし、いったん事故が起きた場合には、被害者側としては、そういう事情はわかりませんから、名義者に対して賠償を求めることは至極当然ですし、名義貸与者側からすれば、名義を貸しただけでどうして事故の責任まで負わなければならないかと不思議に思うことでしょう。そこで、実務上どうしても争われることが多いのです。
これまでの裁判例によりますと、とにかく他人に対して自己の営業名義を使用して、ある事業を行なうことを許容した者は責任があるとする考え方もありますが、一般には、単なる名義貸しであるということだけで、直ちにその責任があるといっているものはほとんどありません。普通は、単なる名義貸しという形式だけではなく、より実質的な内容、すなわち、名義貸与者が自ら営業者としこのすべての責任を負担すべき旨を表示し、または責任を負担するような行為をして、外観上その営業の使用者である地位に立つものと認められるような事情がある場合です。例えば、
名義貸与会社が、いわゆるトンネル会社で、ガス会社から注文があると、一ニの下請会社に、それぞれ建設班、道路復旧班、手伝班、水道班などとわけて仕事を与え、自ら会社幹部が現場指揮をし、名刺も、健康保険も、加配米も、作業現場も、みな元請の名義となっていた場合車体に名義貸与会社の名称をつけ、もっぱら同会社の指揮、命令を受けて運送に従事し、あるいは車を同会社の倉庫に保管していた場合。
車体に名義貸与会社の商号を表示し、強制保険契約も同会社で締結し、平素同会社の商品の運送を優先的に取り扱っていた場合。
名義貸与者の貨物の運送を連日にわたってさせ、その車庫や空地に車をおくことを黙認したりしていた場合。
などです。多くの場合、両者が一体となって企業を営んでいる場合に、名義貸与者の賠償責任を認めるという、いわゆろ協同説によるものですが、最近は、次第に、車体に名義貸与会社のマークがあるとか、外部に対して名義貸し会社の出張所であるかのように挨拶していたとかいう程度でも使用者責任を認める傾向にあります。もっとも、実質的になんら協同していないような場合に、はたしてその責任を認めるべきかどうかは疑問があるといえましょう。その趣旨で、名義貸し会社に責任を認めなかった判決も一件あります。しかし、最近の裁判は、名義貸与者に対しその責任を負わせておりますから、十分注意することが肝要です。なお、名義を貸す際に「自動車事故を起こしても、名義貸与会社に迷惑をかけない」旨の一札をもっていても、その責任を免れることができません。以上のとおりですから、本問の場合にも、裁判所は名義貸与会社に対して損害賠償の責任を認めることと思います。したがって、できれば名義貸与会社とその運転手との実質的な関係を調査して、両者の関係を確認しておき、訴訟の際の証拠に用いたらよいと思います。
つぎに、名義貸与者には、運行供用者(自賠法三条)としての責任を認めることもできます。この場合、その責任を認める条件としては、たとえば、名義貸与者が名義を借りた者に対して、自分が「保有者」であることを外部に表示することを許したり、名義貸与者がその車を運行させることによって自家用車または賃借自動車で運送したのとほとんど同様の経済的利益を得ていたり、名義を借りた者が名義貸与者に完全に従属してその支配を受けていたりしたような場合には、名義貸与者は、経済的利益ならびに運行支配権をもったということになり、運行供用者としての責任を問われることになります。この運行供用者責任と使用者責任との関係は、裁判例では、どちらでも被害者側の主張に応じて適用しているのがふつうです。
なお、名義貸与者の責任を認める要件として、その貸与行為が違法であるとか、被貸与者に無資格運送事業などの不法行為があるなどと述べている説もありますが、貸与行為そのものが違法であることは必ずしも必要でなく、適法であっても責任を問われることがありますから、経営者としては十分注意しなければなりません。
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