民事責任と刑事責任

民事責任と刑事責任とは、近代決においては明確に分化されていますが、一般の人にとっては、これをはっきり区別することは難しいようですし、実際上混同されて問題となることも少なくありません。
民事責任というのは、広義では民事上の損害賠償責任一般を指しますが、通常は債務不履行責任を除いて、不法行為責任という意味で用いられています。そして、この民事責任は、被害者に生じた損害の填補を目的とし、行為者の被害者個人に対する責任を問うものです。これに対し、刑事責任は、行為者に対する応報とか将来における害悪の発生の防止等を目的とするものですから、行為者の社会に対する責任を問うものといえましょう。したがって、刑事責任は故意犯を罰するのが原則であり、過失犯を罰するのが例外であるのに対し、民事責任は故意、過失をとくに区別しませんし、また、刑事責任においては未遂でも罰せられるときがあるのに対し、民事責任では「損害なければ賠償なし」とされているとおり、現実に損害が生じない未遂は問題となりません。もっとも、交通事故の場合、多くは過失犯であり、刑事責任としてもいわゆる結果犯で未遂は罰しませんから、ここに述べた原則的な相違点はあてはまりませんが、双方のそれぞれの目的からくる考え方の相違は、交通事故における不法行為の場合にもあてはまります。
刑事責任の場合は、何といっても刑罰という個人の人権にかかわる制裁を科するものですから、責任を認めるのはどうしても限定的になります。たとえば、注意義務の程度とか過失の内容なども、一般的に刑事の場合の方が厳格に解釈され、民事は広義 にゆるやかに解釈されることが多いようです。また、刑事責任の限定的な一つの現われとして不起訴処分とか執行猶予などがありますが、民事責任の場合これに対応するようなものはありません。このほか、立証方法においても、刑事責任は証拠能力や証明力等厳格な証拠方法によりますから、その認定は厳格なものとなりますが、民事責任は原則として民事訴訟手続による当事者主義により、どちらの主張がもっともかをきめればよいわけですから、その点においても大きな差異が生じることになります。

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民事責任と刑事責任とは、要件上の相違があるうえ、民事裁判と刑事裁判は、現在完全に分離されてなされていますから、その判断の結果がちがうことが、実際上決して少なくありません。すなわち、刑事責任としては嫌疑なしとして不起訴処分または無罪とされた事件の加害者が、民事では敗訴となり損害賠償責任を認められたり、遂に刑事では有罪であったのに、民事では賠償責任なしとして勝訴したりすることもあります。たとえば、運送会社のトラック が夜間鉄材長尺物(レール)を積んで工業所から国道に後退中、国道を遂んできた第二種原動機付自転車の同乗客がレールに接触し死亡した事故事件があります。この事件は、加害者は所轄警察署から夜閣員尺物運送の許可を受け、トラックの両側および後方の積荷の突出部分の尖端に一個宛赤電灯を取りつけて点灯し危険標識を施したほか、運転者には助手をつき添わせ、また会社の代表者自ら現場にあってその作業の指揮に当たり危険防止をしていたのに対し、被害者側は、運転者、同乗者とも隔酎し、制限速度に倍加する六、七〇キロの高遠で前方不注視のまま暴走して起きた事故です。そこで、刑事責任としては、会社側はだれも責任を問われませんでした。ところが、民事責任としては、会社側が国道を進行する一般車両に対し停車または徐行させ後退するトラックを避けて無事通行をなしうるような措置をとらなかった点に過失があるとして損害賠償責任を認めています。このほか、刑事責任が嫌疑なし、民事で賠償責任ありとされた例としては、先行自転車の直前横断、自転車の大学正門からの直前飛び出し、電車とその線路上で故障停車中のトラックとの衝突などの事例があります。
これらの判決とは逆に、有罪の判決を受けながら賠償責任を認めなかった事例もあります。この事件は、自動車が交差点を右折する際、その手前約三〇メートルの地点から方向指示器を点滅し、時速一〇キロに減速して右折しようとしたところ、後車がその点滅にきづかず、制限速度を超える四〇キロの速度で交差点の手前約二〇メートルの地点から追いこそうとして道路の中央より右側部分に出たため衝突し、後車が付近歩道上にいた婦人をひき殺した事件です。そして、前車の運転者に対し、刑事裁判所では「右折するに際しては後方から追尾してくる車両等があれば、同車が右折の合図に対し反応を示したか否かを確認して右折するなどの注意義務がある」として、刑事責任を認めました。ところが、民事訴訟では、「自動車運転手は追越禁止の場所である交差点において右折するに際して特別の事情のない限り後方からの追越の有無等後方の安全を確認すべき注意義務はない」という理由で、運転者の過失を認めず、損害賠償責任を否定したのです。
このように、民事責任と刑事責任とは必ずしも一致しませんし、その目的からしていずれを否とすることもできません。もっとも、これらのなかには、事実の内容からして一致して然るべきだと考えられる事件も少なくないように思われます。つまり、裁判での立証のしかたや裁判所の判断のしかたが追ったために結論が違ってきたというものもあると思います。しかし、一般的にいえば、前に述べたように、民事責任のほうが刑事責任よりも広く認められることになり、刑事が有罪、民事で免責というのはきわめて例外的な場合だといってよいでしよう。

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