交通事故の損害賠償での控除項目
将来得べかりし利益の喪失額を算定するにあたって、まず収入額から差し引かなければならないものは、何といっても死亡の場合における被害者本人の生活費でしょう。
この生活費の算定方法といっても別に定まったやり方があるというのではなく、従来の裁判例によりますと種々な方法が採用されています。
もちろん、被害者本人またはその家族が従前から詳細な明細書(家計簿)をつけていれば、それによるのがもっとも妥当でありますが、そのような資料がない場合には、普通、官公署で作成されている各種の統計調査書や告示などを利用しているようです。従来の裁判例によりますと、総理府統計局の「家計調査」、厚生労働省告示の「生活保護法基準収入別による生活費」、東京都の「東京都家計調査報告」や「標準世帯家計調査報告」などが採り上げられ、これを基準にして、被害者の生活費を推定しています。これらの資料は、被害者の地位、収入、職業などによりよく適合したものを使用するかぎり、どれを利用してもさしつかえありません。各地方の県庁などにもこの種の費料があると思われますので、必要に応じ係を訪ねてきかれたらよいでしょう。
なお、特殊な事例としては、特に根拠を示すことなく収入の三分の一として控除したものや、被害者本人の消費者単位基準指数を一とし、年齢に応じて配偶者、子女などの消費者単位指数を定め、その指数の合計を分母とし、本人を除いた消費者単位指数を分子とした数を生活費として本人の収益に乗じたものなどがあります。
このほか、控除すべきかどうかについて、これまで裁判で争われた事例を見てみますと、次のようなものがあります。
公租公課 「公租公課」とは、国または公共団体がその公の目的のために課するものの総称で、主として金銭給付義務の形で課せられます。そして、公租公課と続けていう場合には、「公租」とは、国税、地方税などの租税をいい、「公課」とは、
租税以外のものを指しているようですが、単独に「公課」というときは、租税を含めて上にいう「公租公課」と同義に用いられるのがふつうです。公課の例としては、各種の負担金、たとえば、地方公共団体が課する分担金、都市計画負担金、道路負担金、河川負担金などや、公共組合の組合費、たとえば水害予防組合の組合費などです。しかし、交通事故の損害賠償の損益相殺の対象として考えられるのは、公租としての国税・地方税ぐらいのものでしょう。
実務上問題となっているのは、通常、所得税で、損害賠償金には所得税を課せられないので、問題になります。もともと被害者には収入から所得税を控除したものについてしか損害がないとみれば、控除すべきことになりますが、損害賠償金から所得税を取ろうと思えば取れるのに、国が被害者を保護するために所得税を免除しているのだとみれば、それを控除して加害者を有利にするのはおかしいということになります。裁判例をみると、「得べかりし利益の喪失ところ損害の算定に際しては所得税を控除するのは相当でない」とか、一原告らは、公租公課一五パーセントを控除すべきものとしているが、公租公課は賠償額とは関係がないと考えるから、ここに控除しない」とかする見解もありますが、控除しているものが多いようです。しかし、これは裁判所の意見というよりは、原告側が損害賠償請求にあたり自ら公租公課を差し引いて請求しているため、これに順応しているにすぎないようです。
裁判例によりますと、
所得税法三八条(給与所得の源泉徴収)により、給与所得に対する所得税を 控除している例。
税金、共済組合掛金などを控除した被害者の各年別収入推定額を基準とした例。
公課を最大限一五パーセントとして総収入から控除している例などがあります。
生活保護金 生活保護法により給付を受けた生活保護金は、交通事故に基づく損害の填補たる性質を有しないから、損害金から控除すべきでないとするのが裁判所の立場のようです。
この法律は、憲法二五条に規定する理念に基づいて、国が生活に困窮する国民に対して、その程度に応じて必要な保護をし、最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的としているものです。保護の種類としては、生活扶助、教育扶助、住宅扶助、医療扶助、出産扶助、生業扶助および葬祭扶助の七種があり、その保護として給与または貸与される金銭および物品を「保護金品」といっています。
雇主からの生活援助金 交通事故によって受傷し、その休業期間中、雇主から好意的な意味で「生活援助金」とでもいうようなものの支給を受けることが少なくありませんが、これを損害額の算定にあたって控除すべきかどうかは争われるところです。それがあくまでも好意的なものにすぎないなら、控除すべきでないと考えられますが、給料の代償とみられる場合には控除費目に入ります。
生命保険金 交通事故により被害者が死亡し、被害者を被保険者とする生命保険金がその相続人に支給されたとき、相続人からする損害賠償の請求において、その保険金を損益相殺などの法理によって控除すべきかどうかについては、これを控除すべぎだとする裁判例もありましたが、通説は、控除すべきでないとしています。その理由は、「生命保険契約に基づいて給付される保険金は、すでに払い込んだ保険料の対価の性質を有し、もともと不法行為の・原因と関係なく支払わるべきものであるから、たまたま本件事故のように不法行為により被保険者が死亡したためにその相続人たる被上告人両名に保険金の給付がされたとしても、これを不法行為による損害賠償額から控除すべきいわれはない」からです。
加害者の責任/ 事故現場での措置/ 被害者としての現場措置/ 運転者の注意義務/ 損害賠償責任の免除/ 過失の立証責任/ 警察の民事不介入/ 民事責任と刑事責任/ 法律扶助と訴訟扶助/ 共同不法行為の連帯責任/ 未成年者の賠償責任/ 加害者の相続人の賠償責任/ 車の貸主の賠償責任/ 組合の車の事故責任/ 修理中の車の事故の責任/ 所有権留保付割賦払い自動車の事故責任/ 身元保証人の責任/ 事務管理/ 損害賠償の範囲と種類/ 車両間衝突の賠償範囲/ 物損の賠償責任/ 営業上の損害賠償/ 賠償額の不当請求/ 休業補償/ 将来の必要費/ 交通事故の特別損害/ 交通事故の影響による近親者の健康被害/ 得べかりし利益の算出方法/ 交通事故による稼働能力の喪失、低下による逸失利益/ 交通事故の損害賠償での控除項目/ 交通事故の慰謝料の算定/ 交通事故の被害者が慰謝料を請求できる場合/ 近親者の慰謝料請求権/ 交通事故の過失相殺/ 交通事故の過失の割合/ 交通事故での保護者の監護義務と過失相殺/ 交通事故被害者の事後過失/ 第三者の事後過失等の介入/ 社員の私用運転による事故/ 社員の通勤車での事故/ 非社員による会社の車での事故/ 下請会社の事故による親会社の責任/ 名義貸しでの賠償責任/ 使用者の免責事由/ 使用者の従業員に対する補償/ 使用者の従業員に対する求償/ 会社役員の代理監督者責任/
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