交通事故の過失相殺

被害者に過失があった場合に問題となるのは、いわゆる過失相殺です。民法七二二条二項は、不法行為に関する損害賠償額の決定について、「被害者二過失アリタルト キハ裁判所ハ損害賠償ノ順ヲ定ムルニ付キ之ヲ斟酌スルコトヲ得」と規定しています。もっとも、不法行為における過失相殺は、債務不履行の場合の過失相殺とちがって、賠償額を定めるのについて斟酌することができるだけで、責任の有無については斟酌しません。したがって、被害者の過失がいかに大であっても、加害者に対して損害額を全然免除することは許されません。そればかりでなく、損害賠償について裁判所がたとえ被害者の過失を認定したときでも、事情のいかんによっては必ずしも斟酌しなくてもよいことになっています。つまり、裁判所の自由裁量ですが、これは具体的なケースの実情に即して、客観的に公平な尺度によって賠償額を定めようとするからです。しかし、交通事故の場合には、実際上むしろ斟酌されることが普通です。何となれば、そうすることが民法上の負担公平の思想を実現し、また、一般社会人の交通上の注意義務の観念を高める効果をもつ意味でも必要であるからです。判例のなかでも、「被告は自己の過失を認めながら、その原因および負担損害額につき極力争うものであるから、被告に負担させるべき損害額については、あらゆる事情を考慮するのが公平の原則からも当然である」と述べて、過失相殺を広く認めているものがあります。

スポンサーリンク

ところで、過失相殺適用の前提としての被害者の過失を認めるためには、いうまでもなく、被害者側に注意義務に違反した行為がなければなりません。被害者が歩行者のときには歩行者としての注意義務違反があり、また、車両の運転者のときには運転者としての注意義務違反が必要です。そして、その場合の注意義務は、道路交通法などに規定されている歩行者や運転者の義務にとどまらず、社会共同生活の一員としての幅広い社会的な注意義務が必要であり、事故発生の阻止についての無視、無関心あるいは非協力な態度は、近代社会においては許されないものといわなければなりません。判例のなかで、「およそ被害者であっても損害の発生を阻止するにつき、これに必要な行為をなし得、かつその行為にして社会共同生活の一員としてまさになすべき場合に、その行為をなさなかったときは、民法七二二条にいわゆる被害者に過失あるときにあたる」とか、「道路の通行における危険防止の義務は、歩行者も亦これを負担しているものであると解せられるので、歩行者において、危険防止の処置をとり得る余地があるに拘らず、その処置をとらず、その結果、危険が発生した場合においては、歩行者にも過失がある」とか述べている判決は、この立脚点に立って被害者の過失を認定したものです。
しかし、他方、被害者に対して過度に注意義務を課することがあってはなりません。このことは、加害者に対して過度の注意義務を課してムリヤリ責任を問うべきでないことと同様とうぜんのことでありましょう。その一例として、電車の乗客が停留所で下車し安全地帯のない路上に降りたとたん、まだその電車が発車しないうちに疾走してきたトラックに衝突された訴訟事件があります。被告(加害者)側が、「われわれが道路を横断するときは、信号機が青色燈火になっている場合でもその信号のみを頼りに直ちに横断することなく、一応左右を見渡し疾走してくる自動車等の有無を見て横断の安全を確かめてから歩行すべく、また、電車より降りたときにも直ちに車道を横断することなく同様の注意をすることが今日の都会生活における通常人の常識であって、このことは特に注意深い人のみの動作ではない。これは、法令にいかに規定されてあってもこれを遵守しない自動車運転者等のいることが一般に認識されていることよりする各自の自衛心から注意する必然の動作である。」と主張しましたが、裁判所から[被告等の主張するような歩行者の注意は、現時のごとき交通事情の下にあって通常われわれの須いるところではあるが、かかる注意は諸車ことに自動車の違法または無謀の運転による事故から自己の生命身体を防衛するために自発的にするものであって歩行者に課せられた義務ではなく、いわんや本件事故の実情の下においてこれを期待することは全く不可能であったので あるから、被告等の所論は到底これを採用することはできない」と一蹴されました。
このような判例によってもわかるとおり、相手方の過失の主張は、やはり常識的であらねばなりません。

加害者の責任/ 事故現場での措置/ 被害者としての現場措置/ 運転者の注意義務/ 損害賠償責任の免除/ 過失の立証責任/ 警察の民事不介入/ 民事責任と刑事責任/ 法律扶助と訴訟扶助/ 共同不法行為の連帯責任/ 未成年者の賠償責任/ 加害者の相続人の賠償責任/ 車の貸主の賠償責任/ 組合の車の事故責任/ 修理中の車の事故の責任/ 所有権留保付割賦払い自動車の事故責任/ 身元保証人の責任/ 事務管理/ 損害賠償の範囲と種類/ 車両間衝突の賠償範囲/ 物損の賠償責任/ 営業上の損害賠償/ 賠償額の不当請求/ 休業補償/ 将来の必要費/ 交通事故の特別損害/ 交通事故の影響による近親者の健康被害/ 得べかりし利益の算出方法/ 交通事故による稼働能力の喪失、低下による逸失利益/ 交通事故の損害賠償での控除項目/ 交通事故の慰謝料の算定/ 交通事故の被害者が慰謝料を請求できる場合/ 近親者の慰謝料請求権/ 交通事故の過失相殺/ 交通事故の過失の割合/ 交通事故での保護者の監護義務と過失相殺/ 交通事故被害者の事後過失/ 第三者の事後過失等の介入/ 社員の私用運転による事故/ 社員の通勤車での事故/ 非社員による会社の車での事故/ 下請会社の事故による親会社の責任/ 名義貸しでの賠償責任/ 使用者の免責事由/ 使用者の従業員に対する補償/ 使用者の従業員に対する求償/ 会社役員の代理監督者責任/

       copyrght(c).道路と交通の豆知識.all rights reserved

スポンサーリンク