下請会社の事故による親会社の責任
私は土建業を経営しているものですが、雇いの運転手が休んだため、下請の甲が自動二輪車の免許しかもっていないことを知っていましたが、つい会社の自働車を運転するように頼みました。ところが甲は疲れのためか居眠り運転し、通行中の女性二人を押し倒しそのうち一人を死亡させ、他の一人にケガを与えました。私としては、気軽に頼んだだけですが、やはり責任をもたされるでしょうか。
最近、下請けまたは子会社の事故に対して元請会社または親会社が使用者責任を負うべきものかどうかについて争われる事例が多くなってきています。もちろん、下請と元請、子会社と親会社といっても、その関係には種々雑多なものかおりますから、一概には申せません。下請人が他人に損害を加えたからといって、どのような場合でも請負人がとうぜんにその責任を負うというものではありません。しかし、請負人と下請人との契約内容のいかんによっては、下請人が他人に加えた損害について、元請人が使用者としての責任を負うことかあります。その下請が専属か非専属か、元請の指揮監督を受けているかどうか、また、その程度はどうかなど、両者の実質的な結びつきの強弱によって、具体的な事例によって個別的に判断するほかありません。子会社と親会社の関係にある場合も同じように考えてよいでしょう。
もともと、民法七一五条にいう使用者と被用者との関係は、雇用あるいは委任という法律関係であるのが普通でありますが、現在では、必ずしも法律関係に限定すべき理由はないという考え方が強いようです。なぜならば、近代的企業組織は複雑多岐な人的活動、物的設備が有機的に結合して企業目的に奉仕している形態をとることが多いのですから、個々の企業活動が一つの企業組織内の企業活動とみられ同一企業目的のための一翼を担っているとみられる場合には、それが企業主体との間に雇用、委任などの法律関係が存在しなくても実質的な意味では使用者、被用者の関係があるとみるのが相当だと考えられているからです。そこで、法律的には雇用、委任などの法律関係がなくても、たとえば、下請が元請会社の倉庫に事務所をおき、同会社の電話を使い、その会社の名で車を登録し、車体にも元請のマークをつけ、その部課長の指図で集配をし、元請以外の荷物を取り扱わないような場合は下請は元請の企業組織の中に吸収されていると認定され、元請会社は使用者責任を負わされます。
しかし、元請会社がいかなる場合でも常に下請の事故の責任を負わなければならないとするならば、それは容易ならぬことといえましょう。本問は、実際にあった例ですが、裁判所で争った結果、第一審、控訴審.上告審と裁判所の見解が変転し、最後には元請会社の主張が認められたという興味深い事件です。その事例は、水害復旧工事を元請した甲からその一部を下請していた乙が、たまたま飯場事務所から神戸市内の自宅に帰るため、息子のAを介して免許をもっていない丙に頼み、乙が事業のために使用している自動車を運転させ海南駅まで同乗して下車し、その後はA丙両名が和歌山市を経て飯場事務所まで自動車を運転することを許していたところ、その帰途丙が運転を誤って通行人二人に死傷を与えたという事件です。第一審では、乙に対しては免許を有する者をして運転させるべき注意義務を怠ったとして民法七〇九条の責任を認め、甲に対しては指揮監督権のなかったという立証がないという理由で使用者責任を認めました。ところが、控訴審では、乙に対して選任を誤った過失と事故との間には因果関係がないから民法七〇九条の責任はないが、丙の運転は乙の事業自体と密接な関連があり客観的には乙の支配範囲内にあるとして使用者責任を認め、また、甲に対しては、甲乙間に雇用関係がないとしても、本件自動車を使用して事業を営むことについて指揮監督の関係があったとして使用者責任を認めました。しかし、この事件は上告されたところ、上告審では、乙に対しては控訴審と同旨の判示をしましたが、甲に対しては「元請人が下請人に対し工事上の指図もしくはその監督のもとに工事を施行させ、その関係が使用者と被用者との関係またはこれと同視し得る場合であっても、下請負人の被用者の不法行為が元請負人の事業の執行につきなされたものとするためには、直接間接に被用者に対し、元請人の指揮監督の及んでいる場合であることを要する」と判決して、原判決を棄却しております。つまり、この最高裁の判例は、単に、元請と下請との関係が使用者と被用者の関係と同視し得ることとか、下請がその自動車を使用して事業を営むことについて元請の指揮監督を受けていたとか、あるいは事故を起こした運転者の行為が事業の執行についてなされたものと認め得るとかいう理由だけでは、必ずしもその運転者の行為が元請の指揮監督の及ぶ事業の範囲内で発生したとはいえないといっているわけで、元請業者の賠償責任の範囲を限定する判例として重視されてよいでしょう。
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