交通事故の影響による近親者の健康被害

私の母は、妹が交通事故で即死したため、強いショックを受け、床についたまま半年たった今日、まだ回復ができないで医師の治療を受けております。この母の治療費や休業補償を加害者に請求できるでしょうか。
これも、特別事情による損害といいうるものですが、間接的な健康侵害という点に大きな特色がありますので、これを別に出してみました。日本では従来このような健康侵害についての賠償(慰謝料の形をとることが多い)の請求は少なかったのですが、アメリカなど諸外国では認められる傾向にあり、その影響か、日本でもその事例が多くなりつつあります。
本問に類似した事例としては、バスの乗客のガソリン持込みを車掌が気付かずに進行中、ガソリンに引火して乗客十数名が焼死した事件で、乗客の一人であった船長の遺族から。バス会社に対して起こした損害賠償の訴訟があります。被害者側は、その訴訟で、被害者(船長)の養父がその死亡を聞き、悲しみのあまり病床について死亡したからという理由で、養父の慰謝料一〇万円について相続による賠償を請求したのですが、その請求はそのまま認められました。

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私の家は○○街道の急カーブに面したところにありますが、二カ月程前の深夜、家族の睡眠中、ダンプカーが突然表戸を破って飛び込んできました。幸い誰もケガはありませんでしたが、それ以来母は強度の不眠症にかかり困っております。ダンプカーの持主に損害賠償の請求ができるでしょうか。
このような事例も少なくありませんが、類似した一例を紹介してみましょう。これは大阪で起きた事件ですが、自家用自動車の運転者か降雨のため濡れた道路でスリップして、付近の輸出向け特殊鋲の製造販売業者の事務所店舗に飛び込み、建物、設備、什器などを破損しました。ところがその際、当時六七歳の老齢で慢性胃腸病のため静養していたお爺さんが同店舗に続いていた奥の居室で臥床していたので、この事故により大きな精神的衝撃を受け、その結果高血圧症を発病し、頭重、逆上感、目まいを起こし、これがため一週間安静加療を要するに至りました。そこで、そのお爺さんは、建物、設備、什器などの損害のほか、その治療費を損害として、請求したのです。これに対し裁判所は、「その費用は特別の事情により生じた損害であって、被告はその事情を予見することができたはずである」と判示して、その請求を認めました。
特に、このような家屋突入事故の場合は、裁判所は一般に大幅に請求を認める傾向にあります。たとえば、小型乗用車の無免許運転者が陥酎運転して付近の煙草、菓子類の販売店に飛び込み、家屋や商品をメチャメチャに破損した訴訟事件で、被害者からこれらの積極損害のほか、自己および家族の生命、身体の安全に対して異常な危険および平穏を侵害されたとして、慰謝料二〇万円を請求し、その全額が認められた事例があります。この判決で、裁判所は、「不法行為により損害を蒙った場合、それが金銭に評価しうる純経済的な損害である限り、その損害が賠償されれば、被害者として一般に感受すると思われる不快感はこれによって雍され、特段の事情がなければ、慰籍料請求の原因とはならないのであるが、不法行為により生じた損害が人の住居に関するような場合、この損害を単に純経済的な金銭評価のみでとらえることはできない。すなわち、住居は人間のあらゆる生活関係の本拠となるべきものであるし、その平穏は、生命身体の安全と密接な関係を有しています。人は誰しも自己を他より侵害されることなく、その中において家族と平穏な生活を営む利益を有しているばかりでなく、これは憲法上の権利にまで高められている」と判示して憲法上の権利の侵害とまで強調して社会の注目を浴びました。
このような判例の傾向からみて、いずれの場合も、損害賠償(慰謝料を合む)の請求をしてよい事案だと思います。ただ、裁判例のなかにはいこの種の請求を認めなかった事例もないわけではありません。
バスの運転者が停留所において発車の際、道端で遊旅中の幼児を左後輪でひき即死させた事件の訴訟です。この幼児(男子)の母親は、事故当時その妹を出産した直後ですが、事故によるショックのため神経症となり、その治療費として三〇〇〇円かかったので、これを他の損害とともに請求したのです。ところが裁判所は、本件事故で軽度の神経症にかかった事実を認めながら「原告等提出の各証拠その他本件全証拠をもってするも、同原告の罹病と本件事故との間に相当因果関係を認めるに足りないから、その治療費の賠償を求める同原告の請求は理由がない」と判示して、その請求を棄却しました。この判決の趣旨とするところは、必ずしも明らかではありませんが、その判決では、母親である原告が長女を出産した直後であったことを慰謝料算定の事情の一つとして考慮しているうえ、母親としての監督上の注意義務を怠ったことを認めず過失相殺をしなかったところから、その治療費程度の損害は、すでに別個の観点からは事実上採り入れられているという考え方があったのではないかと思われます。いずれにしても、このような特別事情による損害は、それと事故との間に賠償をするに値するような相当因果関係が認められるかどうかが大きなかなめであり、そしてその判断は裁判官によって多少異なってくるのが実情です。

加害者の責任/ 事故現場での措置/ 被害者としての現場措置/ 運転者の注意義務/ 損害賠償責任の免除/ 過失の立証責任/ 警察の民事不介入/ 民事責任と刑事責任/ 法律扶助と訴訟扶助/ 共同不法行為の連帯責任/ 未成年者の賠償責任/ 加害者の相続人の賠償責任/ 車の貸主の賠償責任/ 組合の車の事故責任/ 修理中の車の事故の責任/ 所有権留保付割賦払い自動車の事故責任/ 身元保証人の責任/ 事務管理/ 損害賠償の範囲と種類/ 車両間衝突の賠償範囲/ 物損の賠償責任/ 営業上の損害賠償/ 賠償額の不当請求/ 休業補償/ 将来の必要費/ 交通事故の特別損害/ 交通事故の影響による近親者の健康被害/ 得べかりし利益の算出方法/ 交通事故による稼働能力の喪失、低下による逸失利益/ 交通事故の損害賠償での控除項目/ 交通事故の慰謝料の算定/ 交通事故の被害者が慰謝料を請求できる場合/ 近親者の慰謝料請求権/ 交通事故の過失相殺/ 交通事故の過失の割合/ 交通事故での保護者の監護義務と過失相殺/ 交通事故被害者の事後過失/ 第三者の事後過失等の介入/ 社員の私用運転による事故/ 社員の通勤車での事故/ 非社員による会社の車での事故/ 下請会社の事故による親会社の責任/ 名義貸しでの賠償責任/ 使用者の免責事由/ 使用者の従業員に対する補償/ 使用者の従業員に対する求償/ 会社役員の代理監督者責任/

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