損害賠償の範囲と種類

一般に、交通事故の場合に、その損害賠償の範囲を定めることは非常に難しい問題です。もちろん、その損害が交通事故と相当因果関係に立つ損害であるならば、加害者は支払わなければなりませんが、はたして、その損害が交通事故と相当な因果関係があるものとして賠償すべき損害になるかどうかの判断は容易ではありません。
民法四一六条は、債務不履行の場合の損害賠償の範囲について「損害賠償ノ請求ハ債務ノ不履行二困リテ通常生スヘキ損害ノ賠償ヲ為サシムルヲ以テ其目的トス。特別ノ事情二困リテ生シタル損害ト雖モ当事者カ其事情ヲ予見シ又ハ予見スルコトヲ得ヘカリシトキハ債権者ハ其賠償ヲ請求スルコトヲ得」と規定しており、不法行為については、その点の規定がないのですが、民法四一六条が不法行為にも類推適用されるというのが、判例、通説になっています。したがって、一般的には「通常生ずべき損害」を賠償し、「特別事情による損害」についてはその予見可能性がある場合に限って賠償するというのが、たてまえになっています。

スポンサーリンク

ただ、交通事故のような不法行為の場合は、債務不履行と違い、偶然、突発的に起こることが多いので、予見可能性といってもあまり意味がないため、その損害賠償請求が正当であるかどうかは、個々の具体的な事例について検討してみなければなりません。その場合の判断の基準としては、次の三点に求めたらよいと思います。
(1) 医療上またはこれに準ずるものとして必要であったかどうか。
(2) 被害者の身分上または一般の価格上からして相当なものであったかどうか。
(3) 社会上または科学上からして合理的なものであったかどうか。これはふつうの人が交通事故による損害賠償として一般的に納得できるものかどうかといってもよいでしょう。
たとえば、入院中における患者や付添人の食事代は、通常の食事代であるかぎり損害と認められますが、見舞客に対する接待費は社会生活上認められる茶菓子程度のもの以外は認められないことになります。また、入院中購読した新聞は、必ずしも医療用のものではありませんが、入院中の退屈しのぎのものとして医療に準じた必要性があり、贅沢品ではなくて価格も比較的安く、かつ、新聞の購読程度のことは社会的に認容されるという点において合理性があります。したがって、新聞購読料は、損害賠償の範囲に入るといえましょう。しかし、これに対して、読めもしない洋書や高額な書籍を買ったり、新聞でも何部も購読するようなことは、前述の必要性、相当性あるいは合理性の全部または一部を失うことになり、相当因果関係の範囲内にある損害賠償とはいえません。
温泉療養費などは、裁判で認められたものと認められなかったものとが相半ばしておりますが、医師が温泉療養の必要を認め、その指示で赴いたようなものでしたら、損 害賠償の対象となりますが、そうでない場合には具体的にその必要性があったか、その温泉地を選んだことが合理的なものであったか等を調べてみる必要がありましょう。
しかし、やたらに細かな損害項目を並べたてて請求することが、訴訟技術上得策かどうかは疑問があります。東京地裁の損害賠償事件専門部の担当裁判官は、「損害賠償の範囲については、従前の裁判例の示すところによれば、被害者の請求するところは、おおむね、治療費、葬式費用のほか、諸種の統計、資料等によって比較的立証しやすい場合における逸失利益の損害の賠償、慰謝料の請求に限られ、個別的かつ少額の支出による損害の賠償を求める例は比較的まれではなかったかと思われます。これに反し、近時の傾向は、たとえば、入院中の患者の食費をけじめとし、鶏卵、牛乳等の栄養食費、入院に際して購入した布団、敷布、寝巻から、湯呑、コップ、スプーン、ナイフ、はてはチリ紙、石けん等の日用品購入費、入院中の新聞購読料、病院からの通学交通費、入院によって休校した生徒の学習補習費等々、かつて見ることのできなかったような、きわめていろいろな請求までも加えつつあります。もとより、それが交通事故と相当因果関係に立つ損害であるならば、これを認めるべきは当然ですが、その立証は資料の不備も手伝って簡単ではなく、いたずらに訴訟を複雑多岐にさせ、そのため訴訟の促進に支障をきたし、結果においてもさして実益を上げ得ない実情である以上、訴訟関係者として一考を要すべき問題ではあるまいか」といっています。

加害者の責任/ 事故現場での措置/ 被害者としての現場措置/ 運転者の注意義務/ 損害賠償責任の免除/ 過失の立証責任/ 警察の民事不介入/ 民事責任と刑事責任/ 法律扶助と訴訟扶助/ 共同不法行為の連帯責任/ 未成年者の賠償責任/ 加害者の相続人の賠償責任/ 車の貸主の賠償責任/ 組合の車の事故責任/ 修理中の車の事故の責任/ 所有権留保付割賦払い自動車の事故責任/ 身元保証人の責任/ 事務管理/ 損害賠償の範囲と種類/ 車両間衝突の賠償範囲/ 物損の賠償責任/ 営業上の損害賠償/ 賠償額の不当請求/ 休業補償/ 将来の必要費/ 交通事故の特別損害/ 交通事故の影響による近親者の健康被害/ 得べかりし利益の算出方法/ 交通事故による稼働能力の喪失、低下による逸失利益/ 交通事故の損害賠償での控除項目/ 交通事故の慰謝料の算定/ 交通事故の被害者が慰謝料を請求できる場合/ 近親者の慰謝料請求権/ 交通事故の過失相殺/ 交通事故の過失の割合/ 交通事故での保護者の監護義務と過失相殺/ 交通事故被害者の事後過失/ 第三者の事後過失等の介入/ 社員の私用運転による事故/ 社員の通勤車での事故/ 非社員による会社の車での事故/ 下請会社の事故による親会社の責任/ 名義貸しでの賠償責任/ 使用者の免責事由/ 使用者の従業員に対する補償/ 使用者の従業員に対する求償/ 会社役員の代理監督者責任/

       copyrght(c).道路と交通の豆知識.all rights reserved

スポンサーリンク