得べかりし利益の算出方法
私の父は、自動車事故で死亡しました。生前ある会社の課長をしており、まだ五〇歳の若さでしたから、生きていれば今後なお担当の収入が得られたと思います。このような将来得ることができたと思われる損害でも、被害者は加害者に対し賠償を要求できると聞きましたが、それはどのようにして計算すればよいのでしょうか。
これは、いわゆる将来の得べかりし利益の喪失、とくに収入の喪失をどのように算定するかという問題です。
将来得べかりし利益とは、被害者が生きていれば、どれだけ利益があったかという問題で、いわば被害者の将来における予想純益のことです。これを喪失利益あるいは逸出利益という人もあります。また、これをわかりやすく将来損と呼んでいる人があり、また、その損害賠償請求を将来の給付請求といっている人もいます。なお、得べかりし利益の喪失の問題は、死亡事故の場合ばかりでなく、事故による後遺障害によって稼働能力を喪失または低下させた場合にも起こります。
しかし、得べかりし利益の喪失を主張して不法行為者に損失のてん補を求めるには、その利益は単に被害者の主観的希望にすぎないものではいけません。それは、財産権として法の保護を受けうる程度に客観的に確定できるものであることが必要です。したがって、たとえば、ただタクシーの運転手にでもなろうかと思っていた程度の場合に、事故による損害のためタクシー週転手になれないからといって、その賃金を得べかりし利益とすることはできません。また、事故により外傷性てんかんの後遺症を有する少年が将来職業の選択あるいは就職に相当困難であるうと思われるような場合でも、専門医が「現在の病状なら服薬しておれば、成人しても平常人と変りないと思う」と証言し、成人の暁に収入を得る道がないとは考えられないとか、その後遺症のため得べかりし収入が減少するかどうか、減少するとしてもその割合がどの程度か不確実なような場合には、慰謝料で考慮されることは格別として、得べかりし利益を喪失したとは認めておりません。
得べかりし利益は、通常、どのようなしかたで計算すればよいでしょうか。もっとも一般的な場合のあらましを説明しますと、つぎのとおりです。
まず、被害者本人の稼働年数、すなわち被害者が生きていたならば(あるいは後遺症により労働能力を喪失しなかったならば)、何歳まで稼ぐことができたかという期間の計算です。それには、まず、厚生省統計調査部作成の生命表により、被害者の平均余命を調べ、その範間内で、本人の健康状態や職業などにより稼働年数を定めます。
たとえば、あなたのお父さんは五〇歳で亡くなられたのですから、その平均余命を生命表によって調べますと、本来ならお父さんは七二歳までは生きられたことになります。ところで、お父さんの会社が定年制をとっているかどうか、とっていた場合それは何歳か、また健康であったかどうかなどを調べて、稼働年齢をきめます。そこで、かりにそれを六〇歳としますと、一〇年間が稼働年数ということになります。
以前は、平均余命が短かったので、それで稼働年数をきめていたのですが、現在では、長生きをするようになり、特殊な職業を除いて平均余命のほうが稼働年数より長くなっているので、平均余命を調べる必要は少なくなっています。
つぎに、被害者の死亡当時の収益額(月額または年額)を調べて決めます。給料生活者(サラリーマン)の場合は、死亡直前の給料を調べればすぐわかるわけですが、将来ずっとそのままの収入とは考えられませんから、俸給料表とか会社の標準昇給曲線により、各年の分をそれぞれ稼働年数の間計算します。退職金も合めるのがよいでしょう。従来の裁判例では、死亡当時の収入を基礎にして一生の分を計算し、将来の昇給や退職金などは計算に入れないのがふつうですが、理論的にいえば、そういうものも入らないとおかしいわけです。ただ、そういうものは、はじめからあきらめて請求しなかったり、確実さがはっきりしないということで、立証が不十分だとしてはねられることが多いので、請求する場合には、はっきりした根拠を示すことが必要です。そして、根拠さえはっきりしていたら、そういう請求も認められるはずだと思います。なお、個人営業者、女性、幼児、失識者等特殊な方の場合には、その算定方法はなかなか困難ですから、弁護士とよく相談された方がよいでしょう。
つぎは、いわゆる損益相殺の計算をしなければなりません。つまり、本人が生きていれば一方において収人があるとともに、他方において本人の生活費など本人が生きていくためにどうしても必要な経費がかかりますから、これを控除しなければなりません。控除項目の主要なものは生活費です。この控除額を前記の収益総額から差し引くと、被害者本人の得べかりし純利益が算出されます。
ところでこの純利益は、本来稼働期間中、毎年毎年受けとるべきものですが、それではわずらわしいので、それを現在一度に受けるのが普通のやり方です。しかし、その場合に全額を請求するときはその間の利息を不当に得るということになりますので、ホフマン式によって中間利息を差し引くことになっております。現在は、ホフマン式のなかでも、いわゆる複式によっています。
以上の方法により算出された金額が、得べかりし利益となりますから、これに現実損害としての療養費、葬儀料あるいは精神的損害である慰謝料などと合わせて、加害者側に請求するようにします。もちろん、いわゆる二重取りはできませんから、これまでに強制保険金や任意保険金を受領していたり、あるいは加害者から治療費その他の金品を受けているときは、これらを差し引かなければなりません。また、被害者側にかなりの過失があるときは、当事者間でよく話し合い、その過失率を含め最終的に賠償額を決定します。たとえば、過失の程度が五分五分のときは、これまでの方法によって得た金額の半分が請求順となります。しかし、被害者側としては、自分の方からわざわざ過失を主張する必要はありませんから、加害者側の主張をまってすればよいのです。
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