事務管理
私は、信号待ちのため交差点の手前で一時停車していたところ、前方不注意のトラックに追突され、その打撃で道路の右側部分に車が押し出されてしまいました。ところが、そのとき反対方向から対向してきた乗用車が停車していたため、その車を破損させました。私は、この事故について全然責任はないと確信していましたが、その乗用車の運転手は、「ぶつかってきたのは君の車だから、とにかく修繕費を払ってくれ」としつこくいいますので、私はトラックの運転手の立て替え払いのつもりで修繕費を支払いました。しかし、トラックの運転手は、「オレが頼みもしないのに、お前が勝手に支払ったのだから、オレは知らん」といって、その費用を支払ってくれません。どうしたらよいでしょうか。
このような立替払いは、いわゆる事務管理の問題になります。事務管理については、民法六九七条一項に「義務ナクシテ他人ノ為メニ事務ノ管理ヲ始メタル者ハ、其ノ事務ノ性賢二従ヒ最モ本人ノ利益二適スヘキ方法二依リテ其ノ管理ヲ為スコトヲ要ス」と規定されています。つまり、事務管理とは、義務がないのに、他人のために法律行為またぱ事実行為をすることで、たとえば、義務がないのに病人を引き取り同居させる行為は、事務管理になります。そして、事務管理者がその本人のために有益な費用を出したときは、本人に対してその償還を請求することができ、また、本人のために有益な債務を負担したときは、その本人をして自分に代わって弁済させ、あるいはその債務が弁済期にないときは相当の担保を供させることがてきます。しかし、事務管理者が本人の意思に反して管理をしたときは、その本人が現に利益を受ける限度においてのみ、費用の償還請求をさせたり、自分に代わって弁済させたりすることができることになっています。
ところで、交通事故の場合でも、立て替えた賠償金は事務管理の費用として償還を認められることになります。実例として、乗用自動車の運転者Aが前車を追い越そうとして中央ラインを突破して進行したため、反対側から対向してきたタクシーに衝突させ、その運転手Bおよび乗客Cに負傷させた事故について、Bおよびそのタクシー会社DからAに対して損害賠償を請求した事件があります。その訴訟で、DはAに対して、「Cとはタクシー営業者と顧客という関係から、本件事故により受傷したCの治療等による損害の賠償につき種々折衝し一二〇万円で示談し、これを立替え払いしたから、その損害を賠償せよ」と主張しました。被告Aの側は、その主張を否認しましたが、裁判所は「乗客Cの傷害については被告Aがその責に任ずべきものであることが明らかであるが、Cの証言ならびにBの本人尋問の結果によれば、初めには被告Aをも加えてその折衝をしたのであったけれども、Aが責任を回避して示談にしようとしなかったので、D側として営業政策上の配慮もあってやむなくこのようにして局を結ばざるをえなかったものであるから、DとAとの間には事務管理が成立しているものというべく、示談金額を不当とする格別の事情も認められないから、AはDに対し支払われたその示談金の償還をすべき義務がある」旨の判決をして、タクシー会社の言い分を認めました。
本問の事例の場合も、この裁判例によく似ており、トラック側に一方的な過失があり、あなたが乗用車の運転手に支払った行為は、事務管理として認められるように思います。したがって、相手方によく説明して話し合い、それでもその費用を償還してくれないなら、訴訟を起こすのがよいでしょう。
ここで、事務管理について必要な注意事項について補足しておきます。まず、その賠償額が本人のために著しく不利であるような金額であるときは、有益な費用といえないので、その全額については償還を請求することはできません。前述の裁判例でも、「その示談金額を不当とする格別の事情が認められない」旨を前提としています。したがって、もしあなたが、何かの関係で必要以上の修繕費を乗用車の運転手に支払っている場合には、とうぜ ん必要と認められる費用しか補償されないことになります。
つぎに、被害者の雇用会社が原告となり、加害者側に対して被害者の遺体運搬費、遺体安置のための費用、葬式費用などの支出額を損害として賠償請求している事例がありますが、裁判所によっては「これらの費用は、被害者の相続人のため、事務管理または委任事務処理をしたことによる費用にほかならないものであるから、原告(被害者の相続人)などに対してその償還請求をするのは格別、被告など(加害者とその使用者会社)に対し請求するのは失当といわ
なければならない」として、認めなかった裁判例もありますから、注意する必要がありましょう。
加害者の責任/ 事故現場での措置/ 被害者としての現場措置/ 運転者の注意義務/ 損害賠償責任の免除/ 過失の立証責任/ 警察の民事不介入/ 民事責任と刑事責任/ 法律扶助と訴訟扶助/ 共同不法行為の連帯責任/ 未成年者の賠償責任/ 加害者の相続人の賠償責任/ 車の貸主の賠償責任/ 組合の車の事故責任/ 修理中の車の事故の責任/ 所有権留保付割賦払い自動車の事故責任/ 身元保証人の責任/ 事務管理/ 損害賠償の範囲と種類/ 車両間衝突の賠償範囲/ 物損の賠償責任/ 営業上の損害賠償/ 賠償額の不当請求/ 休業補償/ 将来の必要費/ 交通事故の特別損害/ 交通事故の影響による近親者の健康被害/ 得べかりし利益の算出方法/ 交通事故による稼働能力の喪失、低下による逸失利益/ 交通事故の損害賠償での控除項目/ 交通事故の慰謝料の算定/ 交通事故の被害者が慰謝料を請求できる場合/ 近親者の慰謝料請求権/ 交通事故の過失相殺/ 交通事故の過失の割合/ 交通事故での保護者の監護義務と過失相殺/ 交通事故被害者の事後過失/ 第三者の事後過失等の介入/ 社員の私用運転による事故/ 社員の通勤車での事故/ 非社員による会社の車での事故/ 下請会社の事故による親会社の責任/ 名義貸しでの賠償責任/ 使用者の免責事由/ 使用者の従業員に対する補償/ 使用者の従業員に対する求償/ 会社役員の代理監督者責任/
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