損害賠償責任の免除
他人に雇われている運転者が損害賠償の責任を問われるのは、運転者に故意、過失があって、それによって他人の権利を侵害した場合(人を死傷させたり、物を破壊したりした場合)です。したがって、運転者に故意や過失がなかった場合、運転者がどうしても避けることのできなかった場合には、その責任を負いません。また、その故意、過失と他人の権利の侵害との間に因果関係がなければ、これまた責任を負うことはありません。
では、運転者が、どうしても避けることのできなかった場合とは、どういう場合かといいますと、通常は、結果の発生を予見することができなかった場合および結果の発生を回避することができなかった場合です。こういう、ど
うにもしかたのない場合を不可抗力と呼び、不可抗力の場合には免責されると説明することもあります。したがって、逆にいえば通常人であれば、とうぜんその結果を予言できたのに、もしくは予測すべきであったのに、注意を怠って運転したため事故を起こしたり、あるいは、結果を予見することができなかったときでも直ちに非常措置をとれば事故を避けることができたのに、その措置を怠ったり誤ったりしたために事故を起こしたりすれば、賠償責任を免れることはできません。
たとえば、路地から急に飛び出したこどもをひき殺したようなときでも、その付近の道路が狭く、人家が立ち並び、こどもが避んでいるような場所ならば、運転者としては、とうぜん危険を予測して徐行しなければならないわけですから、徐行を怠ったため事故を起こせば、それは不可抗力とはいえないことになります。また、信号を無視して急に飛び出した酔っぱらいがいたとしても、飛び出しを発見した際急ブレーキを踏めば事故を起こさないで済んだ場合に、ハンドルだけでこれを避けようとして車をぶつけたりしますと、これもまた不可抗力にはあたらないことになります。これに対して、自殺しようとして、わざと車の直前に飛び込まれたりしたり、すれちがいの直前にセンターラインをこえた対向車にぶつけられたりした場合には、運転者としては、予見可能性も結果の回避可能性もありませんから、不可抗力となり、賠償責任は負わないことになります。
民事訴訟の実例をみますと、被告(運転者)側が、不可抗力を主張する事例が少なくありませんが、裁判で認められることは、ほとんどないといってもよいくらいです。実際に、不可抗力として免責が認められるのは、駐車または一時停車中バイクなどに追突されてそのバイクの運転者が死傷したような場合や、すれちがいの直前対向車がセンターラインをこえてきて衝突し、その運転者が死傷したような場合が多いようです。最近の事例をみますと、つぎのような場合の運転者に不可抗力として民事上の免責を認めています。
相手方車両である原動機行自転車が時速約五〇キロの高遠で波型を描きながら進行し、かつ左側に十分の余裕があるにかかわらず、先行貨物自動車の右側からこれを追い越し、しかもセンターラインをこえて反対側車道に進出した状況の場合において、その前方を右折の態勢に入っていた貨物自動車の運転者がバックミラーによって原付自転車を認めることができないで衝突するに至ったときのトラックの運転手。
バス二台を追走していたトラックが、当時路面が降雨のためぬれてスリップしやすい状態にあったのに、時速五〇キロを超える速度でバスを追い越そうとして道路右側に寄りすぎ、その進路を是正するためハンドルを左に切ってスリップさせて、ハスに衝突させた状況の場合において、その衝撃によりバスの運転手がバスを道
路左側の池に転落させたときのバスの運転手。
対向車の運転者が前方注視義務を怠り、前方に警察官のいるのを発見するや、あわててハンドルを右に切ったためセンターラインを突破して先行車に衝突した場合において、その後続車が先行車に追突したときの後続車の運転者。
しかし、他方、単に自分の方に優先通行権があるというだけでは、過失を免れられません。かりに、被害者が信号を守らないで横断歩道を横断した場合でも、あるいは対向車の前照灯に眩惑されて一時視覚を失い、視力が回復したときにはすでに被害者が五メートル前方に飛び出してきていたような場合でも、加害運転者側か事故を避けることができた以上不可抗力の主張は採用されず過失が認められることになります。実務上、飛び出し事故だから不可抗力だという主張も少なくありませんが、この場合でも、予見可能性や結果回避可能性があるかぎり、不可抗力とはなりません。
つぎに、不可抗力の立証は、実際にはなかなか困難で、たとえば、進行中の二輪車の左後輪の直前部に突知足を突っ込んだものであるから、運転手はいかんともしがたかったと述べて不可抗力を主張したケースもありましたが、結局裁判所が認めなかった例もあります。また、タクシーが客を送っての帰り、坂道でブレーキが故障し、三〇〇メートル突っ走り付近の駅前の横断歩道に突っ込んで、一人を死亡、一人に重傷を与えた件があります。この判決では、ブレーキの故障については朝異常がなかったので、この点は止むを得ないが、いかに気が転倒したとはいえ、警笛を連続して鳴らして危険の発生を知らせなかったなどの点は重過失であるとして、結局賠償の支払を命じたものがあります。なお、故障事故は、運行供用者の責任の場合には免除事由になりませんから、この場合には不可抗力の問題は生じません。
以上のとおり、不可抗力が認められるのはむしろ稀ですし、その立証も容易ではありませんから、その実態を詳しく調べないかがり、一概に不可抗力と断定することはできません。しかし、訴訟になった場合には、とうぜん不可抗力の主張をしてみるのがよいと思います。
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