交通事故の特別損害

私は、狭い道路でトラックを運転中、反対方向から来た普通自動車と衝突し、相手の車を破損させました。ところが、その自動車は回送中の新車であったため、相手の運転手は売主に売買契約を解除され、手付金倍戻しの約束に従って二〇万円を支払ったから、その損害も賠償せよといいます。私は、新車など予想もしていなかったことですから、そんな損害まで支払う義務はないと思いますが、どうなのしょうか。
本問は、いわゆる特別事情による損害と呼ばれている問題です。これまでに特別事情による損害か通常生ずべぎ損害かということが裁判上争われた事例を調べてみますと、被害者側が密葬と本葬をした場合における本葬関係の費用。被害者を雇っていた会社が労働協約により支払義務を負担しているため被害者遺族に交付した弔慰金など種々なものがあります。
では、この特別事情による損害については、どう考えるべきでしょうか。民法の規定によりますと、損害賠償に関しては、債務不履行と不法行為とを分けて規定されています。債務不履行の場合は、その不履行により通常生ずべき損害の賠償をさせることが主な目的であって、特別な事情によって生じた損害は、その事情について当事者が予見可能性を有していた場合にかぎって賠償するものとされています。ところが、不法行為による場合には、そういう規定がないので、以前は、加害行為により生じた損害は、すべて賠償を要するものとされ、ただ被害者に過失があれば損害額の算定にあたって裁判所が斟酌できるにすぎないと考えられていました。これは、不法行為の場合は、被害者の完全な救済に重きをおくという考え方です。
しかし、無制限に損害賠償を認めるときは、たとえ不法行為による場合とはいえ、加害行為と他の諸条件とが結びついたりして、損害が無限に拡大する可能性がありますから、どうしても不法行為者と被害者との利害の調整を問題にせざるをえなくなります。そこで、賠償を要する損害を加害行為と相当因果関係に立つ損害に限定するいわゆる相当因果関係説が生まれ、その根拠として、前掲の民法四一六条が持ち出されるようになったのです。

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本問の場合はそれぞれ実例にあるものですが、いずれも裁判所から特別損害として賠償を認められた興味のある例です。裁判所は「本件事故のため原告自動車が損害を受け、すでに成立していた第三者との売買契約を解除され、手付倍戻しの約束に従い、金二十万円をその第三者に支払ったことは、原告自動車が手付金契約付売買の目的物であったという特別の事情に基く損害ということができるが、被告が自動車の運転中、これと行き交う自動車のうちに、手付金契約売買の目的物として買主方に回送中の新車もあり得ることは、本件如き国道上においては通常のことであって、何人もすぐわかることである」として、結局、本件事故により被害者が買主に返還した手付金を賠償する義務を加害者に認めました。

飲食店を経営している者ですが、過日知人のスクーターにのせてもらい商用に出かけたとき、追越しをかけてきたトラックがスクーターの右ハンドルに接触したので、はねとばされて重傷を負いました。そのため治療費等のほか、休業のため、事故の翌日の営業のために準備していた米、巻のり、かつおだしなどの材料費がムダになったうえ、営業再開のメドがつかなかったため従業員二名を解雇し解雇手当を支払いました。このような支出の損害はどうなるのでしょうか。
この場合についても、「この材料代の損害および雇人の解雇手当の支出は特別事情に基づく損害ですが、被害者が何かの職業を有していること、それが飲食店営業であるならば雇人のあることも営業のために材料等を仕入れまたは準備しているものであることも当然予見しうることであるから、被告等はこれが損害を賠償すべき義務がある」として、その損害賠償責任を認めました。

私はバス会社の事故担当者ですが、当社の運転手がハンドルを誤り、バスを低地に転落させて横転させ、乗客十数人を負傷させましたが、被害者の一人が精神病質者であったため、その転落のときの衝撃によって、心気症を呈し、これに基づく諸症状の治療が長びき、いきおいその費用も多額になりました。このような被害者の特別な事情に基づく損害も全部会社で負担しなければならないのでしょうか。
この場合は、一見賠償を認めるのはむずかしいように思えますが、やはり賠償が認められました。この事件の被害者は精神 病貧者であって、些細な原因によっても神経衰弱様症状を来たし、心気症を呈しやすい素質を有していたのですが、事故の衝撃によって心気症を呈し、そのため長期間の入院が必要となったものです。この判決は、この損害を特別の事情によって生じた損害であると認めたうえ、この被害者程度の精神病者は、「精神科医を訪れるうち最も多数を占め、全住民中に占める比率も必ずしも僅少でないことが認められるから、乗合自動車(バス)による旅客の運送を業とする株式会社としては、その乗客のうち被害者のような精神病患者があることを予想し、または予想すべきであったといわなければならない」と述べて、その請求を認めました。しかし、このような事例で、それが予想しうべき特別の事情であったかどうかの判断は、非常に困難であり、この判決に疑問をもつ人も少なくないと思われます。

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