交通事故による稼働能力の喪失、低下による逸失利益
私は自勤車にひかれ、左足を切断しましたので、事故前にやっていた作業ができなくなり、職場を変え給料も減ってしまいました。このような場合、加害者に損害として賠償請求できるでしょうか。
これは、労働能力(稼働能力)の喪失もしくは減少による逸失利益の算定例に関する問題です。この算定については、一般的には、あらゆる証拠資料に基づき控え目な算定方法を採用するなどして、できうるかぎり蓋然性のある額を算出するように努めるべきであるとされていますが、いざ具体的なケースにおける算定となりますと、なかなかめんどうなものです。
もっとも、被害者が再就職して、負傷前の収入と負傷後の収入との差が明らかである場合には、比較的簡単で、稼働年数さえ決定すれば、その間の収入滅少額が求められるので、これからホフマン式計算法で中間利息を控除し、現在における一時払いの金額を算出すればよいわけです。たとえば、負傷前の収入年額が四八〇、〇〇〇円、負傷後の収入年額が二四〇、〇〇〇円としますと、その被害者の労働可能年数が二〇年の場合には、複式ホフマン式によると、つぎのとおり計算されます。
480,000円-240,000円=240,000円(減少収入年額)
X=240,000×13,61606764=3,267,856円
このように、傷害を受けた前後の収入差が比較的明らかであった裁判としては、つぎのような事例があります。
進駐軍要員のボイラーマンが、自転車で進行中反対側からきたトラックに接触され、右手を負傷したため、一年七ヵ月間、従来やっていた大型ボイラーの係(月給一七、〇〇〇円)から小型ボイラーの係(月給九、〇〇〇円)に転じたための減収一五、二〇〇円および超過勤務の報酬一三五、一五八円の損害を認めた事例。
鳶職が右腕の機能が回復しないため、永年本職としてきた鳶職ができず、現在鳶職の手伝をして日給九〇〇円を得ているが、鳶職として勤務すれば一日一、五〇〇円ないし一、六〇〇円の収入があることが認められるような場合、その低下率を少なくとも四〇%と推認するとした事例。
タクシーの運転手が交通事故により肺臓破裂の重傷を受け、肺臓を失ったため、その後同一のタクシー会社に案内係として勤務するようになった場合には、同人が引き続きタクシーの運転手として同社に勤務していた場合に受け得べきものと認められる賃金から、同人が案内係として受け得べき賃金を控除した差額を基準として算定するのが妥当とした事例。
被害者が再就職していない場合には、負傷前の収入と負傷後の収入との差を明らかにすることができませんので、この場合の算定は難しく、実務上しばしば争いの的になります。この場合の裁判例を調べてみますと、つぎの二つの傾向がうかがわれます。
その一は、特段の準拠すべき事項がないのに、被害者の職業や後遺障害の状況から、稼働能力を従前の半減とか三分の一減とか、あるいは月何円減とか大まかに認定する方法です。たとえば、自転車などの修理販売業者が事故によって右片足を失った事例ですが、このような状態のもとにおける可働能力は従前より三分の一減少したものとみるのが相当であるとした判決があります。このような認定方法の場合は、原告側が控え目の主張をするかぎり、その主張どおり認められるように思われます。また、「Aが本件事故発生当時七歳であったことは当事者間に争いがなく、また七歳の男子の平均余命が五二年であること、仮りにAが負傷しなかったならば、二〇歳に達して後、三九年間月平均少なくとも全一万円の収入があるべきこと、またAが左腕を喪失したことによって、その平均収入が少なくとも一カ月平均三千円減少することはいずれも当裁判所に顕著であって、結局Aが二〇歳に達してより三九年間、この割合による得べかりし利益を喪失したことになり、その総額は金一四〇万四千円となる」と判示している事例もあります。
この種の認定においては、原告が控え目の請求をするかぎり、だいたい認められているようですが、できれば主治医に頼んでその稼働減率を証明してもらえば好都合でしょう。
その二は、後退障害の程度から労働能力の喪失率を導き出し、これを基準として逸失利益を算定する方法です。この方法の場合には、通常、労働基準法施行規則別表「身体障害等級表」の平均賃金五〇日分から一三四〇日分までの労働能力喪失率が参考にされることが多いようです。もっとも逸失利益を財産的損害の算定と考えるかぎり、後退障害の程度から逸失利益を導き出すのは合理的でないという論があり、そのためか、判例のなかにも、逸失利益を正使に計算することは必ずしも必要でないとわざわざ指鏑したうえで、前記労働能力喪失率を参考にして、それをはるかに下回る率で控え目な算定をした事例かおり、また、あらかじめ逸失利益が五割を下らないという結論を出したうえで、その理由づけの便宜上労働能力の喪失率に触れている事例もあります。
このように、前記「身体障害等級表」は、労働能力喪失、低下を理由とする損害賠償請求における絶対的基準とはなりませんが、少なくとも、裁判以前の段階においては、労働基準法による災害補償が有効に使用されているのが実情ですから、労働能力喪失表が、被害者負傷の場合の得べかりし利益の算定の最低基準としての役割をつとめるのではないかと思われます。判例のなかにも、「この労働基準法所定の障害補償制度は、労働力の再生産と当該労働者ないしその家族の生計維持を目的とするものであるけれども、その補償は、当該労働者の負優等によって労働能力が減少し、賃金所得加減少することを前提とし、これによって労働力の再生産と当該労働者ないしその家族の生計維持に支障をきたすおそれがあるものとし、これを補償するにあるから、その金額はこの金額の補償につき必要最小限の額を形式的、一律に法定したものであって、一般的にいって、障害がなかったとすれば、取得したであろう賃金額から民法所定の年五分の利率による利息を控除した金額を上回ることは、特殊の場合以外にはないものとしていることと解せられ、従ってこの補償額は本件のような身体障害によって得べかりし利益を喪失した場合の損害額算出の一資料とするになんらの支障もない」旨述べた事例もあります。
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