加害者の責任

自助車の運転者が交通事故を起こすと、通常、次の三つの責任を負わなければなりません。すなわち、同一の事故に対して、三方面からそれぞれ別個に責任を追及され ますが、いずれも運転者にとってはないがしろにできない恐ろしい制裁であり、俗に「運転者の三重苦」などと呼ばれています。
まず、被害者に対する損害賠償の責任が発生します。その損害のなかには、治療費などのように実際に支出したいわゆる積極的損害はもちろん、将来の得べかりし利益(生存していたら、またはケガをさせられなかったら、得られたはずの収入)の喪失などの消極的損害、および精神的苦痛に対する慰謝料など各種の損害が含まれます。
そして、この民事責任は、実際に事故を起こした運転者にかかるばかりでなく、その運転者を証用していた会社や雇主なども、その使用者としていわゆる使用者責任を負わされ、また、自動車による人身事故の場合には、自動車の保有者として運行供用者の責任(自賠法三条)を問われます。現在、これらの責任を免れることは実際上はほとんど不可能に近いといってよいでしょう。
しかも、その損害賠償額は、近年にわかに上昇し、死亡事故では億単位の賠償請求も決して珍しくない状況になりつつあります。したがって、加害者側の民事責任の問題は、運転者側にとっても深刻な問題となり、小さな会社などは破産するおそれさえでてくるようになりました。運転者やその使用者または自動車の保有者は、万一に備え、ふだんからきびしくその対策を講じておかなければなりません。

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自動車事故によって人を死なせたり負傷させたりしますと、通常、業務上過失致死罪または業務上過失致傷罪という罪に問われます。もちろん、運転者にまったく過失がなければ無罪または不起訴となって、刑事責任を問われることはありませんが、実際上は運転者側に全く過失のないような事件はめったにありません。
また、人身事故を起こした運転者が、無免許だったり、酒酔いであったり、あるいはひき逃げなどをしますと、業務上過失致死(傷)罪のほか、道路交通法違反となり、また、事故時の状況によっては、故意があったとして傷害致死罪、保護者遺棄罪などによって起訴されることもあります。このような場合には、とうぜん罪が重くなり、ほとんどの場合禁固または懲役の実刑を言い渡されてしまいます。最近、交通事故の公判請求事件で執行猶予率がめだって落ち、実刑を言い渡される事件が増えてきたことは注目されるところです。
なお、いわゆる物件事故の場合には、主として道路交通法違反としての責任を問われ、罰金刑に処せられるのが普通です。
これは刑罰ではなく、一般に行政処分と呼ばれているもので、管轄地の公安委員会がこれを扱っています。行政処分では免許の取消しまたは停止をするのですが、その基準は、改正のつど厳格になってきており、酒酔い運転で交通事故を起こし人を死傷させたり、異種免許、過労運転、速度違反などによって事故を起こしたりしますと、即座に免許を取り消されてしまいます。また、免許の取消しまでいかない場合でも、停止を受けるのは普通ですから、特に運転を生業とする職業運転手にとっては、この行政処分は生活に直結する重大な問題です。
以上のとおり、賠償額は急増し、刑罰は禁錮の実刑が著しく増え、罰金も倍増し、しかも行政処分は厳格をきわめるようになりました。時にはそれは運転者にとっては苛酷にすぎると思われることもあります。いうまでもなく、交通事故の発生は、運転者のみが必ずしも唯一の責任者ではなく、交通規則を守らない被害者側にも責めるべき点がある場合が少なくありません。また、道路の状態が悪く、道路管理者としての国や地方公共団体に責めるべき点のある場合も決して少なくはありません。したがって、事故を起こしたからといって一把ひとからげに責任を追及するというのではなく、それぞれのケースにつき具体的事情を十分検討されることが望ましいと思います。法の格言に「重かるべきは重く、軽かるべきは軽く」というのがありますが、すべて責任の追及はここに立脚点があるといえるでしょう。しかし、他面、現在の交通状況を考えますと、社会が運転者側に求める厳しい責任の追及は、まことにやむをえないものであり、また、なくてはならないものです。特に、人命は地球より重いといわれているほど大切なものですから、人身事故を軽視することは決して許されません。
なお、加害者の側には、示談をすれば一切の責任を免れると考えている人がいるようてすが、それは大変な考え違いです。示談によって法の追及を免れるのは、民事上の責任つまり損害賠償の責任だけであって、それら示談の進め方や内容が妥当な場合です。刑事上および行政上の責任は、示談したからといって、それだけで免れることはできません。ただ、刑事責任の場合に、示談が成立したことによって運転者の誠意が認められれば、情状として酌量され、責任が軽くなることがあるというにとどまります。

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