示談と労災保険給付の関係

示談とは、紛争解決の一方法であって、民法695条の「当事者が互に譲歩を為して其の間に存する争を止むることを約する」和解に相当します。ただし裁判上の和解と違って、後に裁判で示談の効力等について争う余地があります。
 さて、当事者に示談が行なわれている場合の労災保険法20条の解釈については、従来からいろいろと議論され、問題とされてきました。つまり、受給権者が保険給付を受ける前に第三者と示談を行なっている場合、政府は保険給付の必要があるかどうか、また、保険給付をした場合において政府は求償権を取得するかどうかというかたちで、しばしば問題とされてきました。
 この問題についは、従来からつぎのような対立する解釈が示されていました。
 受給権者が保険給付を受ける前に、示談等により損害賠償請求権の全部または一部を喪失している場合においても、受給権者が現実に損害賠償を受けていないかぎり、政府は保険給付の義務を免れない。しかし、政府は保険給付を行なって払受給権者が損害賠償請求権の全部を喪失している場合には求債権を取得することはできず、その一部を喪失している場合には保留されている損害賠償請求権の限度で求債権を取得するにすぎない。
 政府は、受給権者が保険給付を受ける前に示談等により損害賠償請求権の全部または一部を喪失している場合においては、その限度で保険給付の義務を免れる。したがって、政府が示談成立後に保険給付を行なった場合には、政府は受給権者に対し不当利得の返還請求をすることはできるが、第三者に対する求債権を取得することはあり得ない。
 第三者は、受給権者の損害賠償請求権の放棄または縮減をもって、政府に対抗することはできない。したがって、受給権者が保険給付を受ける前に示談を行なっていても、政府はこれによってなんらの影響を受けることなく、保険給付の価額の限度で第三者に対する求債権を取得する。というものです。

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行政解釈は、当初「示談が有効に成立していると認められる場合は、損害賠償の全部を受けているとみなし、保険給付は行なわない、したがって、求債権を取得することもあり得ない。しかし示談が無効である場合は、現実に示談金の授受が行なわれたかどうかに関係なく、全額保険給付を行ない、その価額を求償する」としていましたが、その後「保険給付前に受給権者が示談を行なっている場合は、その内容が、受給権者の損害賠償請求額及び第三者の損害賠償負担能力からみて、相当と認められる場合は、所定の保険給付額から受給権者が現実に受けた示談金の価額を控除して保険給付を行ない、求債権の行使は差し控える」と改められました。
 これは、示談によって、損害賠償請求権の全部を放棄したときは、全額について保険給付をし、そして求債権を取得する。また、その一部を放棄した場合でも示談により受けた賠償額が損害賠償請求権および第三者の負担能力からみて不相当である場合は、現実に受けた金額を差し引いて保険給付をし、求償権もその限度で取得するという考え方です。
 ところが、昭和38年6月4日最高裁でこの取扱いについて批判的な判決が出されたため、現在では、この取扱いが改められているのです。
判決の内容は「第三者行為災害について、受給権者が取得する損害賠償請求権は、通常の私法上の債権であり、その損害について同時に労災保険の給付を受けるからといってその性格が変るものではない。したがって、他に別段の規定がない限り、受給権者は、私法自治の原則上、第三者が自己に対する損害賠償債務の全部又は一部を免除する自由を有するものといわなければならない。
 労災保険法第20条第2項は、単に受給権者が第三者から保険給付と同一事由について現実に損害賠償を受けたときは、政府もまた、その限度において保険給付の義務を免れる旨を明らかにしているにとどまる。
 しかし、労災保険制度は、もともと、受給権者が被った損害のてん補を目的とするものであることからみれば、受給権者自ら、第三者の自己に対する損害賠償義務の全部又は一部を免除しその限度において損害賠償請求権を喪失した場合においても、政府は、その限度において保険給付の義務を免れるべきことは、法律の規定をまつまでもなく当然のことである。
 労災保険法第20条弟2項は、このような場合において政府が保険給付の義務を免れることを否定する趣旨のものとは解されない。
 労災保険法弟20条第1項は、受給権者の損害賠償請求権が存在することを前提とするものであるから、受給権者が損害賠償を受け、又は第三者の損害賠償義務を免除する等により損害賠償請求権を喪失した後に、政府が保険給付を行なっても、同項の規定による法定代位権の発生する余地のないことは明らかである」というものです。
 この判決によりますと、不用意に示談をしてしまいますと、保険給付を受けることができなくなり、思わぬ損をするということです。判決では、この点については、労災保険制度に対する労働者らの認識を高めること、保険給付が迅速に行なわれること、その示談が労働者らの真意にでたものであるかどうかについて厳格な認定をすることによ り解決すべきであるといっています。

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