保険金の支払い請求権者

保険金は、原則的に保険証券記載の被保険者に支払われます。車両損害についての被保険利益に危険(保険事故)が発生することにより、一定人(被保険者)に経済上の損害を与えるおそれのある、かかる人と物との関係は,その自動車の所有権者にありとされており、したがって、自動車の所有者が被保険者となります。保険会社では、上記被保険者から提出される車両保険金請求書を受理し、被保険者に保険金を支払うことになります。
 被保険者が保険金の請求ならびに受領の権限を第三者に委任したときは、その第三者に対し、保険金が支払われます。
 車両保険金の請求権者は原則的には自動車の所有者であって、その所有権利益を保護するために車両保険があるわけで、債権保全や保管責任を直接保険の対象とはしていません。
 しかし、自動車を割賦販売した自動車販売会社は、自己の債権保全のため、また賃貸業者はその財産の保全のために、自ら車両保険を契約したり、あるいは車両保険を契約することを自動車の使用者、占有者に要求します。したがって、保険金の協定などの折衝は、所有者である自動車販売会社となされるのが普通です。このような車両保険契約の場合、保険事故は自動車の使用者、占盲者によって起こされるわけですが、保険金請求権者はその自動車の所有者たる自動車販売会社、賃貸業者であり、保険金はそれらの者に支払われます。

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自動車の販売形態は、現金販売は極めて少数であり、一般的に割賦販売が行なわれています。割賦販売契約で購入した自動車は、その所有権は割賦代金を完済するまでは所有権の移転に関し、特別の定めがない場合は自動車販売会社にあります。割賦の支払いが停滞したり、支払継続が不能となった場合、自動車販売会社では自己の債権を保全するため、自動車を引き揚げられるような契約条件になっています。このような販売契約を「所有権留保条項付割賦販売契約」といい、このような形態で販売する自動車に、自動車販売会社ではさらに自己の債権保全の安全度を高めるために、自動車が全損の場合はもちろん、小損害であっても、車両保険金がいつでも自己の債権に充当できるように自ら直接保険契約をしたり、使用者に保険契約をするよう要求します。
 しかし、こうした自動車について発生する車両事故は、自動車の使用者あるいはその使用人などによって起こされるのですから、修理費の実質的負担は使用者がするわけです。また、事故の原因、状況等についても、所有者たる自動車販売会社は何もわからず、被害事故の場合の加害者に対する求償や分損の場合の修理の手続一切もその自動車を実際に使用している者が行なっているのが普通です。
 したがって、全損の場合はともかく、小損害の場合についてまで、所有権者が保険金請求権を行使するということには、問題がないわけではありません。全損の場合でも、使用者が、債務を完済はしていなくても、すでに何回か支払っているとき、全損の保険金を既払額と残った債務額との割合で請求権を分割すべきではないかという考え方もあります。支払われた保険金は、売買代金の未収残額分が売主に、残額は買主に分割されるべきだと考えられます。
 このような問題はありますが、車両保険の被保険利益を所有権とするたてまえから、所有権留保条項付割賦販売契約の自動車に車両保険が付された場合は、一応自動車販売会社が保険金請求権者となります。
 ただし、こうした保険契約の場合でも、保険事故の大半は所有者の関与しない事故ですが、そのような実態を考慮して、保険の実務上では、保険金請求権者を必ずしも自動車販売会社とはせず、自動車の使用者名義での請求も受理しています。しかし、保険金の支払先は、所有者の許可がないかぎり、その自動車の所有者たる自動車販売会社になることに変わりはありません。
 保険金請求権の上に質権が設定されている場合、保険金請求権の上に質権を設定する目的は、所有権留保と同様に質権者が自己の債権保全のためにするものです。 保険金請求権の上に質権を設定する場合には、保険の目的の上にも担保権(通常は,抵当権)が設定されるのが普通です。この場合は、被保険者は通常の形で保険金請求をし、質権者が保険金を受領することになります。金融機関等が融資をするにあたり、その債権保全のために、保険金請求権の上に質権を設定する場合などがそれで、自動車販売会社でも質権設定をして割賦販売をしているところがあります。
 質権が設定されている場合に被保険者(使用者)が保険金を請求受領するためには、質権者から直接支払いの承諾書を取り付けなければなりません。保険会社では、第三債務者であって質権設定者たる被保険者からの通知または承諾の請求により裏書を審査し、いかなる保険金請求権が質権の目的となっているか検査し、保険金支払時にその額を調査して、その額を限度として質権者に保険金を支払います。質権設定額より保険金が多い場合には、残額が被保険 者に支払われることとなります。これは、質権の及ぶ範囲が、事故発生時点で質権に随伴している質権設定者の債務の金額に、限定されるからです。
 保険の目的自体に抵当権が設定されている場合、または当事者では保険金請求権の上に質権が設定されていても、第三債務者である保険者にその旨の通知がなされていない場合には、保険会社は証券を信頼して保険金を支払います。
 また、あまり例のないことですが、保険金支払前に保険金について他の債権者が確定判決、仮執行宣言付判決、あるいは仮差押命令等の債務名義をえて裁判所から保険会社にその差押または仮差押の通知がなされた場合は、保険会社では転付命令または取立命令によるか、あるいは債権者、債務者間の争訟または話合いを待って支払先を決定します。保険金のうち、債権者の差押債権額をこえる部分は、その部分にかぎり、被保険者が保険 金を受領できます。また、債権者の差押が二つ以上競合して差押債権額が保険金をこえる場合には、債権者間でその配分につき協定をまちます。
 なお、仮差押または差押は、委任状による支払変更に優先します。
 賠償保険金は、車両保険金と同様に、一般的には保険証券記載の被保険者に支払われます。
 記名被保険者の許諾をえて自動車を運行中の賠償事故における賠償保険金請求権者は、許諾運転者自身であり、保険金は許諾運転者に支払われます。

対物賠償保険金が支払われる事故/ 対人賠償保険金の支払われる事故/ 賠償保険の対象者/ どのような場合に賠償保険金を支払ってもらえないか/ 他人から預かっているものを破損した場合の賠償保険/ 記名被保険者に対する賠償保険/ 従業員の自動車事故による負傷に対する賠償責任/ 自動車事故によって同居親族に傷害を与えた場合/ 相手の車の格落ち損害も賠償保険の対象になるか/ 相手の車の休車損害や代替車費用も賠償保険の対象になるか/ 相手の車にも不注意のある場合の賠償金の支払/ 相手車との衝突で第三者の物件を損壊した場合の賠償責任/ 争訟費用も賠償保険の対象となるか/ 対人賠償保険で支払われる損害の範囲/ 好意同乗者に対する保険の適用と共同不法行為の決済方法/ 過失相殺される場合の自賠責保険と任意賠償保険との関係/ 搭乗者傷害保険金が支払われる事故/ 搭乗者傷害保険の保険金の算出方法/ 搭乗者傷害保険金の支払われない場合/ 搭乗者傷害保険を貰った時は賠償請求金額を減額されるか/ 事故が発生した場合の一般的義務/ 事故が発生した場合の各担保種目別の当面の処置/ 示談の前には保険会社の承認が必要/ 交通事故の示談書の内容/ 保険金の支払い請求権者/ 交通事故被害者が直接保険金を請求する場合/ 示談の前の保険金の支払/ 交通事故を対象とする傷害保険の種類/ 傷害保険でいう身体の傷害/ 交通事故傷害保険の対象となる事故/ 死亡保険金の支払われる場合/ 後遺障害保険金/ 医療保険金/ 傷害保険を申込むときの問題点/ 傷害保険が重複した場合の処理/ 傷害保険金が支払われない場合/ 第三者から賠償金を受領した場合の傷害保険金/ 傷害保険の請求手続き/ 生命保険と傷害保険/ 労災保険/ 通勤途中の電車での事故/ 出張の帰路の際に知人の車に便乗している間の事故/ 従業員の慰安旅行中の事故/ 労働者の重大な過失による災害も労災保険の対象となるか/ 第三者行為災害の意義/ 労働保険の給付と損害賠償や自賠責保険との関係/ 労災保険給付にあたっての加害者からの賠償の控除/ 求償や控除の範囲/ 同僚労働者の加害の場合に求償権を行使しない場合/ 示談と労災保険給付の関係/

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