労働保険の給付と損害賠償や自賠責保険との関係

労災保険の保険給付は、業務上の災害によって生じた損失のてん補を目的としており、一方、民法上の損害賠償は加害者の不法行為によって生じた損失のてん補を目的としています。そこで、労災保険では、第三者行為災害の場合には、責任負担の公平を期すためと、重複てん補を避けるために特に調整のための規定を置いています。
 労災保険法20条1項では「政府は、補償の原因である事故が、第三者の行為によって生じた場合に保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、補償を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する」と規定し、加害者の不法行為による業務上の災害について被災労働者またはその遺族に対し労災保険給付を行なった場合には、被災者またはその遺族が加害者に対して有している損害賠償請求権を政府が代位取得して、加害者に対して権利行使することを定めています。
 なお、同条2項では「前項の場合において、補償を受けるべき者が当該第三者より同一の事由につき損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で災害補償の義務を兎れる」として、被災労働者または遺族が第三者より損害賠償をうけた場合には、労災保険では、その価額の限度で保険給付を行なわないことを定めています。
 この種の規定は、労災保険法のほか、商法や厚生年金保険法等にもありますが、これらの規定が設けられた趣旨については、当該災害の発生について直接の責任を有する第三者が損害賠償を負担すべきであることと、保険利益を受ける者に生じた損害について重複てん補を受けさせることは不合理であるということにあるのです。

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労災保険法20条1項の保険給付をすることによって、政府が取得する請求権の行使を求償といい,保険給付の受給権者が取得した損害賠償額の範囲内で、原則として保険給付の支給のつど、政府から加害者およびその使用者等に対して行なわれることになっています。もちろん、この給付は、あくまでも被災者またはその遺族の民法709条による損害賠償請求権が前提となりますから、加害者に故意または過失のあったことが立証されなければならないのが原則です。また、同条2項の調整を、保険給付の控除といっています。
 求償あるいは控除のいずれかによって損害賠償と保険給付の調整が行なわれるわけですが、いずれの場合にも、調整の対象となるのは、保険給付と同一の事由にもとづく損害賠償額ですから、精神的損害に対して支払われた慰謝料や物的損害に対する賠償などは調整の対象とはされません。また「損害賠償をうけた」とは、当事者の示談も当然含まれ、原則として、その示談により政府が保険給付を免れた額が調整の対象となります。
 このように、第三者の加害行為によって業務災害が起こった場合、政府が被災労働者に保険給付を行なうと、政府は労災保険法20条1項の規定により原則として加害者またはその使用者等に対し、損害賠償の請求をすることができるわけです。
 自賠法は、民法の特別法たる性格をもっていますから、労災保険との関係は、前述の損害賠償とのそれと同様です。
 自賠法は、自動車の運行によって生じた事故の損害について絶対に近い責任をその保有者に対して課し、この損害賠償責任の履行を担保するため、保有者に対し自賠責保険の契約を締結しなければ自動車を運行の用に供してはならないとしています。
 自賠責保険と労災保険が労災保険法二条によって調整されるといいましたが、これは,つぎのような解釈によっているのです。つまり、自賠責保険は、第三者の損害賠償義務の履行を保険するものであり、労災保険の受給権者が、保険会社から賠償金の支払いを受けた場合は、その限度で第三者に対する損害賠償請求権は消滅し、第三者から損害賠償を受けた場合は、その限度で保険会社に対する損害賠償の請求ができなくなります。したがって、保険会社に対する損害賠償請求権は、第三者に対する損害賠償請求権に代わるべきものとして、法20条の適用があるものと解されています。
 自動車事故により業務災害をこうむった場合、被災労働者は、労災保険に対して保険給付の請求をすることができるほか、自賠責保険に対しても損害賠償額の支払請求ができます。
 ところが、前述のように、両者は目的が同じ損害のてん補であるため調整をされることになります。つまり、労災保険の保険給付が先に行なわれた場合には、政府は、保険給付額について自賠責保険に対し求償を行ない、また、自賠責保険の支払いが先に行なわれた場合には、その額の限度で、労災保険の保険給付は行なわないことになります。
 この場合、自賠責保険等の支払いは、人の生命または身体が害された場合に、これによって生じた損害の賠償として支払われるのですから、被害者の精神的苦痛に対する損害賠償(慰謝料)も含まれることになりますが、これは、労災保険の保険給付には元来含まれないものですから、調整の対象とされません。
 また、慰謝料のほかにも、労災保険の保険給付の範囲外のものが自賠責保険より支払われた場合も同様です。
 自動車事故についての被災労働者は、労災保険に対して保険給付請求をすることもできますし、自賠責保険に損害賠償額の請求をすることもできるわけですが、どちらを選択して請求するかについては、本来被災労働者の意思に委ねられるべきものです。
 しかし、両保険の間には、給付額について労災保険法20条にもとづく調整という問題がありますので、両保険取扱機関であらかじめ調整方法などを定めておくことが,被災者側にとっても、また事務処理上も便利なことです。そこで、労災保険の保険給付と自賠責保険の損害賠償額の支払いについては、原則として自賠責保険の支払いが先行して行なわれるよう、支払事務の調整がなされています。
 この先後の調整については、従来、1ヵ月以上の療養を要するような場合を除いては、自賠責保険が先行して支払うという取扱いがなされていましたが、自賠責保険の損害賠償の支払いが迅速に行なわれるようになったこと、損害賠償額の内払金の制度が実施されたこと、また、自賠責保険の損害賠償については、休業補償が100%行なわれ、また慰謝料等が支給されることなどから、被害者にとっても自賠責保険を先にうけた方が便宜であること等が考慮され、自賠責保険の支払いを先に行ない、保険金額に達したときから労災保険の支給を開始することとなっています。
 もちろん、この先後の調整については、労災保険と自賠責保険との両者の円滑な事務処理と、被災者の便宜を考慮して定めたものですから、被災者の意思を拘束するものではなく、被災者が労災保険の給付を希望した場合には、労災保険の保険給付が先行して行なわれることはいうまでもなく、この場合には、政府は、保険給付の価額の限度で自賠責保険に対して求償をするということになります。

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