賠償保険の対象者

保険契約上利益を受ける者、すなわち保険金を支払ってもらえる者を被保険者といいます。この被保険者が負担する賠償責任が、保険てん補の対象となります。保険契約を締結する人は、主として、自己が負担すべき賠償責任をてん補してもらおうという意思があります。あわせて、その契約者と密接なつながりのある者についても保険てん補を期待しています。
 約款上、被保険者となりうるのは、保険証券記載の記名被保険者、記名被保険者と同居の親族で自動車を使用中の者、および、記名被保険者の承諾をえて自動車を使用中の者(許諾運転者)に限られます。旧約款では記名被保険者のみを被保険者としておりましたが、新約款では被保険者の範囲を上記のように拡大しました。
 もっとも、運転者限定特約が付されている場合には、保険証券記載の運転者以外の者は被保険者とはなりません。
 上述のように通常の自家用車は、その家族全体の用に供することが予定されているところから、その使用が予定されていると思われる同居の親族を被保険者としたものです。同居というのは、同一の家屋に居住しており、かつ、家計を共にすることを指すものと考えられています。要は記名被保険者の特別な承諾がなくとも自動車を使用しうるものと推認できる同居の親族を指しているわけです。親族とは民法725条の規定にある6親等内の血族、3親等内の姻族ならびに配偶者を指し、内縁のものであっても親族と解されます。
 これらの者は保険契約成立時に自動的に被保険者とされます。したがって、身分関係のみを証明すれば、被保険者として保険金の請求ができます。

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記名被保険者の承諾をえて自動車を使用中の者を許諾運転者といいます。承諾は事前に、かつ直接にしたものに限られ、記名被保険者の承諾がなく、また貸しされたような場合には、また借入は被保険者とはなりません。
 また、自動車の使用を承諾するときは、無条件に承諾するのではなく、使用目的、使用場所、使用期間等の条件が付せられるのが常ですが、これらの条件に反して使用中の者は被保険者とはなりません。
 この承諾は記名被保険者より保険会社に書面または口頭で通知しなければなりません。保険契約の当事者以外の者に、当該保険契約による保護を与えるわけですから、記名被保険者が被保険者の地位を車両を使用する者に賦与するということが必要なのです。たんに、車を使用することを承諾しただけでは足らず、保険契約を使うことの承諾も必要です。さもないと、記名被保険者が、次年度の契約更改のときに事故多発による割増保険料を課せられたり、保険契約の引受を保険会社に拒絶されるなど、不測の損害をこうむることになるからです。
 記名被保険者が、修理、車検整備委託契約、燃料給油契約、車両保管契約、陸送契約、車両販売委託契約などによって、自動車修理業者、ガソリンスタンド、駐車場業者、陸送業者、自動車販売業者に自動車を委託し、これら業者の代理人・使用人が自動車をその契約の目的を遂行するために運行中事故を発生させたときに、これらの業者が被保険者となるか否かが問題となります。
 英文証券ないしは、英米の約款では、これら業者の業務の遂行に起因して事故が発生したときは、これら業者は被保険者とはならないと明記されております。現行約款には、この規定はありませんが「承諾を得て使用中の者」とは、通常、人または物の移動に用いるとか、あるいは、記名被保険者との間に、特段の契約関係が存在して、記名被保険者にその委託された業務の対価を請求しうるような場合まで指すものと解するのは無理と思われます。保険契約時の契約当事者の合理的意思は、このような場合についてまで、保険てん補を予定しているものとは考えられないからです。記名被保険者(契約者)が、これら業者に対価を支払って、車両の管理を委託するのですから、この委託期間中は、その管理に起因する賠償責任を、寄託者である記名被保険者が、自己の計算(保険料の割増等)によって負担すべきいわれはないからです。しかも、これら業者は、その受託中の自動車の危険について、別途、保険契約を結ぶ方法もないわけではありませんから、しかるべく業者は自己の負担すべき賠償責任について付保する必要があります。これらの契約関係の存在があるからといって、直ちに被保険者とはならないことはもちろん。このような契約関係を結ぶときの記名被保険者の合理的意思を推測すると、このような業者にまで被保険者の地位を賦与しているということは考えられません。これが、これら業者が被保険者となりえない実質的な理由です。
 記名被保険者の命令、承諾によって、自動車を使用して、被保険者の業務に従事、遂行中の使用人は、あたかも許諾運転者として独立の被保険者であると考えることもできますが、このような場合には、記名被保険者の負担する賠償責任を担保すれば十分であろうと考えられます。
 従業員は、記名被保険者の手足として業務を遂行中なのであって、この場合には、記名被保険者が、自賠法3条の運行供用者責任ないしは民法715条1項の使用者責任、または同条3項の代理監督者責任を負担することになるので、これが保険てん補されるわけです。
 このように従業員に独立の被保険者の地位を認めないことは、別段、記名被保険者側に不利に働くこともないと同時に、免責条項の解釈からいっても、約款全体が合理的に解釈できるからです。
 民法715条3項の使用者から使用人への求債権は、使用人に故意がなければ、これを行使しないのが、実際上、通常の取扱いとなっており、このような場合を除いては保険者も同様に代位求償しないことが保険契約当事者の合理的意思にも副うものですし、それをもって、保険契約の経済的効用も十分はかられるからです。かりに、使用人が被保険者だとしても、故意の場合は免責となり、上記と同様の結論となりますから、約款全体として免責条項が矛盾なく解釈できます。つまり、記名被保険者の業務従事中の使用人は、独立した被保険者ではないとした方がよいと思われます。
 同乗者、乗客らの行為、たとえば、乗客が急にドアを開けたために、後方から進行して来たバイクが衝突したような場合に、その乗客が賠償責任を負担するのはとうぜんですが、これらの者がたんに 同乗しているからといって許諾被保険者とはなりません。
 承諾をえて使用中の者とは、主体的に車の管理者となるべき場合をいうのです。もっとも、この場合、運転者(被保険者)が、車の運行一般(ドアを開けること)についても注意義務がありますから、同乗客が急にドアを開けないように注意しなければなりませんが、これを怠ったとすれば運転者とドアを開けた乗客との共同不法行為となりますから、その場合には保険のてん補がえられます。
 ところが、制止しているのに、乗客が勝手にドアを閉じ、他の乗客の指をはさんで負傷させたとしても、運転者には賠償責任はありませんし、乗客は被保険者ではありませんから、かりに、この場合被害者がタクシー会社に請求して来たとしても、賠償に応ずる理由はありません。したがって、加害者である乗客からの請求には、保険てん補は受けられません。
 同居の親族と許諾運転者は、使用中の場合にのみ被保険者となります。
 使用中とは、管理と重複する概念であり車両をそれ本来の目的である物もしくは人の輸送に用いることですから、自動車を使用、管理しているということと別段変わりありません。自動車の使用によって生じた賠償責任をてん補するということです。現に自動車を運転している間とはかぎりませんし、使用を許諾されて車庫から持ち出してから車庫に入れるまでを使用中といいます。この間に自動車の使用に起因する賠償責任がてん補されます。
 したがって、自動車を駐停車している間に、駐停車の方法に欠陥があったために、暴走して他人の生命、身体を害した場合には、駐停車させることまでが使用であって払この事故と使用との間に相当因果関係があるかぎり、使用中といえますから、これによって生じた賠償責任は、記名被保険者の承諾をえて使用中の者について生じた賠償責任といえるわけです。

対物賠償保険金が支払われる事故/ 対人賠償保険金の支払われる事故/ 賠償保険の対象者/ どのような場合に賠償保険金を支払ってもらえないか/ 他人から預かっているものを破損した場合の賠償保険/ 記名被保険者に対する賠償保険/ 従業員の自動車事故による負傷に対する賠償責任/ 自動車事故によって同居親族に傷害を与えた場合/ 相手の車の格落ち損害も賠償保険の対象になるか/ 相手の車の休車損害や代替車費用も賠償保険の対象になるか/ 相手の車にも不注意のある場合の賠償金の支払/ 相手車との衝突で第三者の物件を損壊した場合の賠償責任/ 争訟費用も賠償保険の対象となるか/ 対人賠償保険で支払われる損害の範囲/ 好意同乗者に対する保険の適用と共同不法行為の決済方法/ 過失相殺される場合の自賠責保険と任意賠償保険との関係/ 搭乗者傷害保険金が支払われる事故/ 搭乗者傷害保険の保険金の算出方法/ 搭乗者傷害保険金の支払われない場合/ 搭乗者傷害保険を貰った時は賠償請求金額を減額されるか/ 事故が発生した場合の一般的義務/ 事故が発生した場合の各担保種目別の当面の処置/ 示談の前には保険会社の承認が必要/ 交通事故の示談書の内容/ 保険金の支払い請求権者/ 交通事故被害者が直接保険金を請求する場合/ 示談の前の保険金の支払/ 交通事故を対象とする傷害保険の種類/ 傷害保険でいう身体の傷害/ 交通事故傷害保険の対象となる事故/ 死亡保険金の支払われる場合/ 後遺障害保険金/ 医療保険金/ 傷害保険を申込むときの問題点/ 傷害保険が重複した場合の処理/ 傷害保険金が支払われない場合/ 第三者から賠償金を受領した場合の傷害保険金/ 傷害保険の請求手続き/ 生命保険と傷害保険/ 労災保険/ 通勤途中の電車での事故/ 出張の帰路の際に知人の車に便乗している間の事故/ 従業員の慰安旅行中の事故/ 労働者の重大な過失による災害も労災保険の対象となるか/ 第三者行為災害の意義/ 労働保険の給付と損害賠償や自賠責保険との関係/ 労災保険給付にあたっての加害者からの賠償の控除/ 求償や控除の範囲/ 同僚労働者の加害の場合に求償権を行使しない場合/ 示談と労災保険給付の関係/

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