記名被保険者に対する賠償保険
被保険者の記名被保険者に対する賠償責任は、対人対物を問わず免責とされます。記名被保険者自身の第三者に対する賠償責任が自動車保険の主たる被保険利益ですから、記名被保険者の生命、身体を害した場合または記名被保険者の所有、使用、管理する財物を破損した場合については、自動車保険ではてん補をしないものとしております。
記名被保険者が法人であって、その使用人が代表者の生命、身体を害したり、代表者の個人財産を破損したことによって生ずる賠償責任はどうなるか問題となります。法人の代表者とは、法人の業務を執行するについて法人を代表するものです。一方、法人の法的性格については諸説ありますが、通説は、法人は個人の権利能力を擬制したものではなく、独立して社会的作用を営み、個人をはなれ団体として存在するものとされています。したがって、代表者であっても、その個人としての生命、身体、財産は法人のそれとは別個のものと考えられますから、代表者は法人自身ではありません。しかも、法人と理事(代表者)との間の利益相反行為、たとえば、使用人が代表者の生命、身体を害したことにより、法人は代表者に対し賠償責任を負担し、代表者には法人に対する賠償請求権がある場合ついては、理事に代表権は認められません。
したがって、会社の運転手が社長を迎えに行き、誤って社長の財産を破損したような場合には、代表者の個人財産に対する賠償責任ですから、免責とはなりません。しかし,法人といっても、たんに税法上の便宜のために法人としているだけで、実体は個人商店であり、法人財産と個人財産とを分離する実質的な理由のないような場合には、代表者がすなわち記名被保険者と解されています。
また、保険の目的が、法人の代表者の専用事であって、代表者自身が自賠法上の運行供用者に該当する場合については、代表者は賠償条項1条の「所有・使用または管理」の直接の当事者であって、他人では
ありませんから、てん補されないことになります。結局、代表者は、業務遂行中は一般的に自動車についても使用、管理の当事者である場合が少なくなく、この場合他人とはいえませんが、てん補されないこともあります。業務従事中の使用人の生命、身体を害することによる賠償責任は免責となっていますから、それとの比較からいっても、上記のような結論は必ずしも不当とはいえないでしょう。
この条項を文字どおり解釈しますと「記名被保険者に対する賠償責任」とありますから、許諾被保険者が記名被保険者の近親者の生命を害したことによって、記名被保険者が、許諾被保険者に対して固有の慰謝料請求権を取得する場合や、近親者の財産的損害に関する請求権を記名被保険者が相続して行使する場合には、賠償保険は免責ということになります。かりに記名被保険者が相続権を放棄すれば他の相続人の相続分が増加しても、他の相続人は記名被保険者ではないから賠償保険では有責という結論となります。あるいは、記名被保険者の生命、身体を害したことによって、記名被保険者の近親者が、加害者たる許諾被保険者に固有の慰謝料請求権、ないしは記名被保険者の請求権を相続して行使する場合には、相続分はともかくとしても、固有の慰謝料請求権ないしは扶養請求権については、賠償保険では免責とならない結果となります。
したがって、このように解釈すると、請求の方法によって、保険てん補の有無が変更されるという結果となり、きわめて不合理なものといわざるをえません。しかも、このような請求を許すときは現実の受益者が記名被保険者となってしまい、免責条項の存在する意味がなくなってしまいます。
したがって、この条項は英文約款にある規定、すなわち記名被保険者の生命、身体を害したことによって生ずる賠償責任ならびに、記名被保険者の財物を破損したことによって生ずる賠償責任を免責としたものと解することが合理的だと考えられます。
そうすると、許諾被保険者が記名被保険者の生命、身体を害したような場合には、記名被保険者の近親者の固有の慰謝料請求権、相続した請求権を問わず免責となります。また、許諾被保険者が記名被保険者の近親者の生命、身体を害したことによって、許諾被保険者が記名被保険者に対して賠償責任を負担する場合については、約款の文言にかか
わらず、賠償保険は免責とならないと解されます。
対物賠償保険金が支払われる事故/ 対人賠償保険金の支払われる事故/ 賠償保険の対象者/ どのような場合に賠償保険金を支払ってもらえないか/ 他人から預かっているものを破損した場合の賠償保険/ 記名被保険者に対する賠償保険/ 従業員の自動車事故による負傷に対する賠償責任/ 自動車事故によって同居親族に傷害を与えた場合/ 相手の車の格落ち損害も賠償保険の対象になるか/ 相手の車の休車損害や代替車費用も賠償保険の対象になるか/ 相手の車にも不注意のある場合の賠償金の支払/ 相手車との衝突で第三者の物件を損壊した場合の賠償責任/ 争訟費用も賠償保険の対象となるか/ 対人賠償保険で支払われる損害の範囲/ 好意同乗者に対する保険の適用と共同不法行為の決済方法/ 過失相殺される場合の自賠責保険と任意賠償保険との関係/ 搭乗者傷害保険金が支払われる事故/ 搭乗者傷害保険の保険金の算出方法/ 搭乗者傷害保険金の支払われない場合/ 搭乗者傷害保険を貰った時は賠償請求金額を減額されるか/ 事故が発生した場合の一般的義務/ 事故が発生した場合の各担保種目別の当面の処置/ 示談の前には保険会社の承認が必要/ 交通事故の示談書の内容/ 保険金の支払い請求権者/ 交通事故被害者が直接保険金を請求する場合/ 示談の前の保険金の支払/ 交通事故を対象とする傷害保険の種類/ 傷害保険でいう身体の傷害/ 交通事故傷害保険の対象となる事故/ 死亡保険金の支払われる場合/ 後遺障害保険金/ 医療保険金/ 傷害保険を申込むときの問題点/ 傷害保険が重複した場合の処理/ 傷害保険金が支払われない場合/ 第三者から賠償金を受領した場合の傷害保険金/ 傷害保険の請求手続き/ 生命保険と傷害保険/ 労災保険/ 通勤途中の電車での事故/ 出張の帰路の際に知人の車に便乗している間の事故/ 従業員の慰安旅行中の事故/ 労働者の重大な過失による災害も労災保険の対象となるか/ 第三者行為災害の意義/ 労働保険の給付と損害賠償や自賠責保険との関係/ 労災保険給付にあたっての加害者からの賠償の控除/ 求償や控除の範囲/ 同僚労働者の加害の場合に求償権を行使しない場合/ 示談と労災保険給付の関係/
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