第三者から賠償金を受領した場合の傷害保険金

自動車事故等で負傷した場合、その損害を埋めるには、いろいろな方法が考えられます。その一つに、加害者がいれば加害者に損害賠償を請求することが考えられます。
 この場合に傷害保険金請求権はどうなるかという問題です。
 また、賠償金とは性格が違いますが、健康保険で損害が埋められたとき、傷害保険金請求権がどうなるかという点も、傷害保険金の基本的性格とも関連して、問題になるところです。
 ある事故に対し保険金請求ももちろんできるが、加害者がいて加害者に損害賠償請求権も行使できるという場合は、傷害保険だけでなく、いろいろな保険についてもよく問題が起こってきます。自動車の車両保険に加入している場合に、被保険者の自動車が、車間距離を十分にとっていなかった後続車に追突され損害が発生すれば、被保険者は保険会社に自動車保険金(車両保険金)請求もできるし、後続車の運転者またはその保有者に、不法行為にもとづく損害賠償請求権も行使できます。
 また、貸家を火災保険につけた場合に、賃借人の重大な過失によって家屋が火災にあったときは、被保険者は火災保険金請求権のほかに、賃借人に対し、債務不履行および不法行為に基づく損害賠償請求権を有することになります。

スポンサーリンク

このように二つの請求権が競合する場合に備えて、商法662条は「損害が第三者の行為に因りて生じたる場合に於て、保険者が被保険者に対し其負担額を支払いたるときは、其支払いたる金額の限度に於て保険契約者又は被保険者が第三者に対して有せる権利を取得す」と規定しています。この規定をうけて、自動車保険も火災保険も、約款において保険金支払額の範囲内で加害第三者に対する損害賠償請求権(求償権)を保険者が代位取得することを明らかにし、保険契約者または被保険者は、求債権の保全、行使につき必要な手続をとらねばならないことを規定しています。
 結局、両請求権が競合する場合には、保険金請求権は、加害者への求債権を行使しても、なお埋まらなかった損害に対してだけ行使されるか、あるいは先に保険金請求権が行使されたときは、保険者自らが、代 位取得した求債権を、加害者に対して行使することになり、いずれにしても第三者への求債権が最後まで重視されることになっています。そして、これが損害保険の一大原則になっています。
 ところが、傷害保険においては、この損害保険の共通の原則が適用されません。傷害保険普通保険約款21条は「当会社が保険金の支払を為したる場合と雖も、被保険者若しくは其の相続人が其の傷害に付第三者に対し有する損害賠償請求権は当会社に移転せざるものとす」と規定し、保険代位の原則が 適用されないことを明らかにしています。
 保険代位は、被保険者が両請求権を行使して、みずからのこうむった損害以上にてん補を得られることを防ぐための制度であり、これを「実損てん補の原則」といいますが、この原則はもともと保険の目的の価額が算出されることが前提ですから、人の生命、身体を対象とし、保険価額の見積りえない傷害保険にあっては、代位の概念の導入になじまない特殊性があり、このような約款が生まれてきたものです。
 したがって、他人の自動車にはねられて負傷した場合には、加害者から治療費、慰謝料等を受領し、一方、傷害保険金は契約条件どおり受領して差し支えありません。被害者請求により自賠責保険から支払いを受けた場合も同様です。
 自動車事故で負傷し、健康保険で治療したため治療費がかからなかった場合に、なお保険金請求ができるかという問題ですが、若干奇異に思われるかも知れませんが、これも上述のような理由で請求が可能です。
 傷害保険金は、単に治療費のみを対象とするものではなく、傷害をこうむったことによる有形無形の損害をすべて汲み込んで支払われるものです。健康保険と競合する治療費、健康保険が使えない治療費、通院費、休業期間中の収入の減少、被保険者の受傷にかかわる家族の世話および出費等、諸々の損害を折り込んで、それを単純な保険金額に凝縮し、事故の際にはその保険金額に比例して保険金を支払うものです。健康保険と重なる治療費の面だけをとらえて保険金請求権の根拠に疑問を感ずる必要はないわけです。

対物賠償保険金が支払われる事故/ 対人賠償保険金の支払われる事故/ 賠償保険の対象者/ どのような場合に賠償保険金を支払ってもらえないか/ 他人から預かっているものを破損した場合の賠償保険/ 記名被保険者に対する賠償保険/ 従業員の自動車事故による負傷に対する賠償責任/ 自動車事故によって同居親族に傷害を与えた場合/ 相手の車の格落ち損害も賠償保険の対象になるか/ 相手の車の休車損害や代替車費用も賠償保険の対象になるか/ 相手の車にも不注意のある場合の賠償金の支払/ 相手車との衝突で第三者の物件を損壊した場合の賠償責任/ 争訟費用も賠償保険の対象となるか/ 対人賠償保険で支払われる損害の範囲/ 好意同乗者に対する保険の適用と共同不法行為の決済方法/ 過失相殺される場合の自賠責保険と任意賠償保険との関係/ 搭乗者傷害保険金が支払われる事故/ 搭乗者傷害保険の保険金の算出方法/ 搭乗者傷害保険金の支払われない場合/ 搭乗者傷害保険を貰った時は賠償請求金額を減額されるか/ 事故が発生した場合の一般的義務/ 事故が発生した場合の各担保種目別の当面の処置/ 示談の前には保険会社の承認が必要/ 交通事故の示談書の内容/ 保険金の支払い請求権者/ 交通事故被害者が直接保険金を請求する場合/ 示談の前の保険金の支払/ 交通事故を対象とする傷害保険の種類/ 傷害保険でいう身体の傷害/ 交通事故傷害保険の対象となる事故/ 死亡保険金の支払われる場合/ 後遺障害保険金/ 医療保険金/ 傷害保険を申込むときの問題点/ 傷害保険が重複した場合の処理/ 傷害保険金が支払われない場合/ 第三者から賠償金を受領した場合の傷害保険金/ 傷害保険の請求手続き/ 生命保険と傷害保険/ 労災保険/ 通勤途中の電車での事故/ 出張の帰路の際に知人の車に便乗している間の事故/ 従業員の慰安旅行中の事故/ 労働者の重大な過失による災害も労災保険の対象となるか/ 第三者行為災害の意義/ 労働保険の給付と損害賠償や自賠責保険との関係/ 労災保険給付にあたっての加害者からの賠償の控除/ 求償や控除の範囲/ 同僚労働者の加害の場合に求償権を行使しない場合/ 示談と労災保険給付の関係/

       copyrght(c).道路と交通の豆知識.all rights reserved

スポンサーリンク