示談の前には保険会社の承認が必要
車両保険については、被保険者以外の第三者によって、保険の目的に損害をこうむった場合、被保険者は加害者に対して有する損害賠償請求権の保全またはその権利の行使について必要な手続をしなければなりません。
その権利の保全、行使の手続を正当な理由なく怠った場合には、取得すべき権利の行使によって受けることができたと認められる金額を控除して、保険金は支払われることになります。
賠償責任保険についても、あらかじめ保険会社の承認をえないで、損害賠償責任の全部または一部を承認することは許されません。たとえば、被害者の要求額が社会通念上の賠償妥当額より高額であるにもかかわらず、示談する場合。
被害者側にも過失があって、過失相殺を主張すべきであるのに、全損害につき賠償責任を認める場合。
被保険者の他に共同不法行為者がいるのに、被保険者が自己の責任割合以上の賠償責任を認める場合等には、正当な賠償額をこえる部分について、保険金は支払われません。
損害賠償請求を受けた場合は、直ちに保険会社に連絡をとり、被保険者は、自分の責めに任ずべき法律上の賠償責任はどの範囲で、金額的にはいくらかということにつき打合せをし保険会社の事前の承諾をえてから被害者に示談金額を提示せねばなりません。もちろん、保険金はあてにせず、保険金は保険会社の査定額にまかせ、差額がでたら自分で負担すると考える場合は別です。ただし、賠償金の全額を保険全てまかなうことが保険の効用でもあり、そのための保険なのですから、密接に保険会社と連絡をとり、示談金額をきめる時には事前の承諾をえておきたいものです。正当な理由なくあらかじめ保険会社の承認をえないで損害賠償責任の全部または一部を被保険者が認めてしまった場合は、保険会社が損害賠償責任がないと認めた部分を控除して保険金が算出されます。
「示談」とは法律上「契約」の一種で「和解契約」類似の無名契約であり、加害者と被害者の双方が話合いのうえで一定の条件で合意に達しさえすれば、それで示談(和解)が成立ということになり、示談書を作成することになります。口頭の約束でも有効ですが、後日のトラブル防止のために書面で作成しておくのが普通です。
示談は、最も簡便な紛争解決方法である反面、法律的に素人の者同士の間で行なわれることが多いため、後日当事者間で紛争が再燃する場合があります。示談も契約の一種ですから自由に当事者間でその条件を決められますが、いったん決めた条件をくつがえすことは原則としてできません。示談とは、それで争いに結着をつけるためのものであって、それ以後当事者の双方とも文句をいうのでは無意味になるからです。
したがって、加害者、被害者双方ともに条件を十分検討し被保険者(加害者)は事前に保険会社と打ち合わせてその承認をえて、また重大な人身事故の場合は被害者も弁護士その他信頼しうる人に相談のうえ、慎重に話し合いをすすめることが必要です。いったん示談が成立すると、それまでの加害者、被害者の関係から、ある一定の金額を支払うべき債務者とそれを受ける権利のある債権者という関係になり、債務者(加害者)は債務の履行を怠ることはできません。したがって、保険金額の枠内だからと安易に示談をし、保険会社でその示談金額を承認してもらえない場合は、被保険者は差額を自分で弁済しなければなりません。
なお、当事者の双方が合意に達すれば、示談を破棄ないしやり直しをすることができます。
調停とは、民事上の紛争を解決するにあたり、裁判所にその旨を申し立て、申立人と相手方(被害者と加害者)とが、お互いに譲歩することによって、その紛争につき、条理にかない実情に即した解決をする民事上の手続をいいます。
調停申立人には、加害者、被害者のどちらでもなれます。申立人となる場合には、相手方の住所、居所、営業所もしくは事務所の所在地を管轄する簡易裁判所または当事者が合意で定める地方裁判所もしくは簡易裁判所に調停の申立てをします。被保険者が調停を申し立てる場合には、もちろん、保険会社に事前に承認をえて、今後の処理方針につき打合せをしておかなければなりません。
裁判所には、調停申立書を正本一通と、相手方の数だけの副本を添えて受付に提出します。調停申立て書には、申立人と相手方の住所、氏名、調停申立ての趣旨および理由を記載します。請求金額は、記入してもよいし、相当額と表現してもかまいません。
なお、調停申立書には「民事調停法による申立手数料等規則」に規定された一定額の印紙を貼り、それに送達料も同時に納付します。
調停申立を受理すると、裁判所では原則として調停委員会で調停を行ないます。調停委員会の構成は、調停主任判事1人と調停委員が通常は2名(弁護士1名、有識者1名)ですが、判事が出席する場合はまれです。また、正式の訴訟と異なり、証拠調べといったこともほとんど行なわれず、当事者双方でそれぞれの立場の主張をし、調停委員が双方の主張をたして2で割るといった妥協案を出す形をとっています。
したがって、現在の調停制度はかなり安易なものであり、形態上は示談とほとんど変わりがなく、実効が少ないようです。もちろん、相手方が妥協しないとか、当事者のいずれかが自己の主張を絶対に譲らなければ不調に終わります。
この制度の当事者における利点としては、正式の訴訟にくらべて費用が安く、手続も簡単で、比較的短期間の間に結論が出ること、弁護士でなくても代理人になれること、といったところでしょう。
調停が成立すれば、確定判決と同様の効力を有し、調停で合意に達したことを履行しない場合は、強制執行をされますので、加害者としては注意が必要です。
調停に臨む場合、折り合う金額につき被保険者は、保険会社の承認をえておかなけれぼならないことはいうまでもありません。
即決和解とは、訴訟提起前に、当事者間で大体の話合いがまとまった段階で、その大体の話合いにもとづいて相手方の住所を管轄する簡易裁判所に
和解中立書を提出し、公判を開いてもらってその合意した条項を和解調書にしてもらう方法です。短時間で和解が成立するところから即決和解といわれ、正式の裁判を起こしてから裁判所で和解する「訴訟上の和解」と区別しています。
即決和解の手続は、調停と同様で簡易裁判所に争いの内容と和解条項を書面で申し立てるだけの簡便なものです。
この制度の趣旨は、即決和解が判決と同様の効力を有し、加害者が記載条項を履行しない場合には強制執行が可能であるということにありますが、通常の場合、被保険者が好んでこの手続をとることは考えられません。加害者側がこの制度を利用するとすれば、今後の紛争を防止するといった理由程度のものでしょう。
保険会社と打ち合わせた結果の損害賠償額と、被害者の要求があまりに差がありすぎる事件とか、被保険者に損害賠償責任が認められない事件のような場合に、保険会社では、各種の判決例や学説、条理、世間一般の慣習、賠償額の一般的水準を考慮しつつ、最悪の事態として訴訟になった場合にどうなるのかを詳細に検討します。保険会社が応訴を承認すれば、応訴の弁護士費用も相当額を保険会社で負担しなければなりませんし、保険金額が認定賠償額と接近していて、訴訟となった場合に保険金額を全額支払わねばならない可能性も大きい場合には、応訴の利益なしと判断する場合もあります。
したがって、被害者側と交渉を続行するか、あるいは裁判所に判断を求めるということで交渉を中断するかの決定は難しい問題があり、被保険者が独自の判断で交渉を打ち切ってしまったりしてはいけません。もちろん,誠意をもって交渉にあたっていたとしても、被害者側の判断により、いきなり訴訟になる場合もあります。
被害者側より訴状が裁判所を経由して送達された場合には、直ちに保険会社に連絡し、弁護士の選任、弁護士費用の負担、今後の対処方針につき、打合せが必要です。
裁判所から、答弁書の提出と、口頭弁論に出頭するようにといった指示もきますので、それらを手落ちのないようにすることが肝心です。たとえ被害者から提出された訴状の内容が事実を曲げていると考えられる場合でも、むしろその方が多いのですが、そういう場合こそ逆に反論しなければならないのであり、保険会社に連絡もとらず、答弁書も出さず、口頭弁論にも出頭しない場合には、いわゆる「欠席裁判」となり、原告の主張通り被告はすべて自白したものとみなされ、要求額全額を賠償しなければならないはめになります。こうした場合、保険会社では、正当な理由なく訴えの提起されたことを被保険者より通知を受けていなければ、一切保険金を支払わないことは前述のとおりです。
なお、裁判中、裁判官より和解の勧告があるのが一般的です。被保険者が委任した弁護士が、保険会社と一体で指定された弁護士であれば、一切をまかせておいて和解を進めてもよいのですが、被保険者自身で弁護士を選任した場合には、処理方針について、裁判中でも保険会社と十分打ち合わ
せ、その承認を得てから和解に応じることになります。
保険会社が事前に承認した訴訟費用は、すべて保険金で支払われます。ただし、被保険者が自ら弁護士を選任した場合は、その報酬につき、事前に打合せが必要なのですべて保険金でまかなうつもりであれば被保険者の独断で報酬や謝礼金を決めてはなりません。
争訟費用とは、訴訟費用、弁護士報酬、仲裁または和解に要した費用などの総称です。
対物賠償保険金が支払われる事故/ 対人賠償保険金の支払われる事故/ 賠償保険の対象者/ どのような場合に賠償保険金を支払ってもらえないか/ 他人から預かっているものを破損した場合の賠償保険/ 記名被保険者に対する賠償保険/ 従業員の自動車事故による負傷に対する賠償責任/ 自動車事故によって同居親族に傷害を与えた場合/ 相手の車の格落ち損害も賠償保険の対象になるか/ 相手の車の休車損害や代替車費用も賠償保険の対象になるか/ 相手の車にも不注意のある場合の賠償金の支払/ 相手車との衝突で第三者の物件を損壊した場合の賠償責任/ 争訟費用も賠償保険の対象となるか/ 対人賠償保険で支払われる損害の範囲/ 好意同乗者に対する保険の適用と共同不法行為の決済方法/ 過失相殺される場合の自賠責保険と任意賠償保険との関係/ 搭乗者傷害保険金が支払われる事故/ 搭乗者傷害保険の保険金の算出方法/ 搭乗者傷害保険金の支払われない場合/ 搭乗者傷害保険を貰った時は賠償請求金額を減額されるか/ 事故が発生した場合の一般的義務/ 事故が発生した場合の各担保種目別の当面の処置/ 示談の前には保険会社の承認が必要/ 交通事故の示談書の内容/ 保険金の支払い請求権者/ 交通事故被害者が直接保険金を請求する場合/ 示談の前の保険金の支払/ 交通事故を対象とする傷害保険の種類/ 傷害保険でいう身体の傷害/ 交通事故傷害保険の対象となる事故/ 死亡保険金の支払われる場合/ 後遺障害保険金/ 医療保険金/ 傷害保険を申込むときの問題点/ 傷害保険が重複した場合の処理/ 傷害保険金が支払われない場合/ 第三者から賠償金を受領した場合の傷害保険金/ 傷害保険の請求手続き/ 生命保険と傷害保険/ 労災保険/ 通勤途中の電車での事故/ 出張の帰路の際に知人の車に便乗している間の事故/ 従業員の慰安旅行中の事故/ 労働者の重大な過失による災害も労災保険の対象となるか/ 第三者行為災害の意義/ 労働保険の給付と損害賠償や自賠責保険との関係/ 労災保険給付にあたっての加害者からの賠償の控除/ 求償や控除の範囲/ 同僚労働者の加害の場合に求償権を行使しない場合/ 示談と労災保険給付の関係/
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