対人賠償保険で支払われる損害の範囲
自動車保険普通保険約款の賠償責任条項1条1項は「被保険者が保険証券記載の自動車の所有、使用または管理に起因して、他人の生命または身体を害したことにより、法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害をてん補する」旨規定しています。さらに、その2項において「保険の目的である自動車が自動車損害賠償保障法に基づく責任保険の契約を締結すべき自動車である場合は、同保険で支払われる金額を超過する場合に限り、その超過額をてん補する」と規定しています。
したがって、対人賠償保険の支払対象額は、被保険者が法律上の損害賠償責任にもとづいて負担した損害額等から、自賠責保険で支払われる保険金を控除した残額です。
自賠責保険を締結すべき義務ある自動車にもかかわらず、それがなされていない場合は、自賠責保険で支払われるべき金額を控除して、任意保険金が支払われます。
なお、保険約款一般条項11条1項7号では「被保険者が示談をする際は、保険会社に連絡して、その承諾を得なければならない」と規定し、勝手に示談した場合は保険会社が損害賠償責任なしと認めた部分を控除することになっていますので注意が必要です。
対人賠償保険における損害額は、法律上の損害賠償責任にもとづく負担額ということですが、日本の現行法上は、損害賠償の範囲や損害額の算定方法、賠償標準額といったものについては、なんら明文規定がありません。
したがって、訴訟になった場合でも、事件の背後にある時代の流れや社会政策的な配慮あるいは裁判官の主観といったものにある程度左右され、だれが判断しても損害額や損害の範囲が同一になるとはかぎりません。しかし、判決例を類型的に多数分析してみると、各地方裁判所の交通事故専門部の設置と並行して、不統一の内にも徐々に定型化の傾向がうかがえます。
保険会社では、常にこうした交通事故損害賠償請求事件の最新の判決例を分析、整理して標準額なるものを設定し、あるいは裁判官、弁護士、学者等を招聘して研究会を開催したりして、現在および将来における損害賠償額算定上の参考としています。
したがって、保険会社の認定する賠償額は必ずしも低額にすぎるといったことではなく、財産的損害については現在時点でごく一般的に採用され、最も合理的とされている算出方法にもとづくように努力しており、精神的損害(慰謝料)についても十分妥当性を有し、社会的にも認容され、訴訟となった場合でも立派に通用する賠償額であることを期しています。
しかし、一般的には、保険会社の査定の方が裁判所の認定より狭く厳格であるという印象があるようです。保険会社の査定に不満のある方は、事情を十分話してよく相談されるのがよろしいでしょう。また、不審のあるときは、信頼できる弁護士に一任されるのがよいと思われます。保険会社の査定にどうしても不満だというならば、保険会社を相手として訴訟を提起し判決によって解決するほかありません。
自動車事故の場合、被害者はその事故によって種々の支出を余儀なくされ、それらの支出した費用全部を請求してくるのが実情です。また、加害者である被保険者も道義的責任や保険に加入しているという安易感から、被害者側の要求に応じているようですが、見舞金や香典のような損害は、法律上の損害賠償責任によるものではなく、被害者に対する贈与と認められますので、保険金は給付されません。
以下、保険会社で一般に採用している損害認容について概略を説明します。
積極的財産損害とは、被害者が事故のため支出を余儀なくされた損害のことで、その損害と事故との間の相当因果関係の有無によって賠償すべきか否かが決定されます。相当因果関係の有無は、その支出につき医療上の必要性、被害者の社会的地位、身分、一般社会水準からみて加害者に負担させることの相当性、社会的、科学的合理性が認められる
か否かによります。
しかし、実際には多数の判決例の積み重ねの中で、定型的につぎのようなものが対象とされます。
治療費・入院費、原則として無条件に認められますが、最近は過剰診療や健康保険等と比較し治療費の極端な高額化の傾向がみられるので注意が必要です。個室、持別室の利用は、治療看護に必要か否か、被害者の地位、身分に相応か否かで決まります。普通室が満員の場合は、普通室があくまであるいは転院できる状態になるまで認められます。
栄養費、一般的・客観的に治療上、体力増強による治療促進等の治療効果があるか否か、ありとしても医師の指示によって摂取したものにかぎり、かつその額が相当な場合にかぎり認められます。売薬代も同じです。
雑費、判決例では、同一物についてもまちまちですが、結局、日常生活において必要であるものについても入院という生活圏の拡大によって支出増ありと認められ、入院生活維持に必要とされるもので、かつ、耐久財でないものについては相当な額について認容されます。
交通費、入院・転院・退院・通院に要する被害者本人の交通費は、実費が認められますが、タクシー・ハイヤーの利用は傷害の程度・部位、被害者の社会的地位により制限されます。
傷害のため通常の通学が困難であり、自動車で通学した場合で、必要やむをえなければ認められます。
近親者の交通費は、看護・付添の必要がある場合にかぎって(タクシー等は不可)みとめられ、たんなる見舞のためでは認められません。
付添看護費用、医師が必要と認め、職業付添人が付き添った場合に、実費が認められます。完全看護の病院では必要と認められません。
近親者の付添看護は、現実の支出がなく、夫の看病のため妻が献身することは道義上当然であり、そのための労務を金銭的に評価し加害者に支払いを求めることは、被害者に対し損害額をこえるあらたな利益を認めることになるとか、妻の夫に対する愛情の発露であり財産的損害とはいえないとかいう理由で、否認された例もあります。しかし、現実に金員の支出をしたわけではないが、なおこれを事故による損害として評価すべきとする説が現在では有力といえましょう。肯定する場合には概ね職業付添人の料金をこえない範囲内で認容されています。
将来必要な手術費・義足代等、今後行なわれるべき手術や必要とされる義足等の必要性が医師の診断書などによって必至であることが証明され、かつ、治療費見積書ないし価額の立証がなされれば、将来の支出であっても現に生じた損害として認められます。ただし、中間利息は控除されます。たんに継続的に検査をうけることが保健上好ましいとしても、たんなる検査費用は否認されることがあります。
被害者の治療中、被害者の労働力として代替する者が必要な場合には、その雇人費用は認められます。
ただし、雇入費用が被害者のうべかりし利益額以上の場合にはその差額は認められないこと当然です。
被害者の弁護士費用、保険会社の同意をえて応訴し、その結果判決によってその賠償が命ぜられた場合にしぼって認めているようです。なお、加害者(被保険者)の不誠意を理由に訴訟を提起された場合には、被保険者の損害防止義務違反となって、てん補されないことがあります。
その他の費用、たとえば、被害者側の事故証明取付や調書作成のため警察へ出頭するに要した費用、または被害者側の示談折衝のための費用は事故と相当因果関係なしとされます。
対物賠償保険金が支払われる事故/ 対人賠償保険金の支払われる事故/ 賠償保険の対象者/ どのような場合に賠償保険金を支払ってもらえないか/ 他人から預かっているものを破損した場合の賠償保険/ 記名被保険者に対する賠償保険/ 従業員の自動車事故による負傷に対する賠償責任/ 自動車事故によって同居親族に傷害を与えた場合/ 相手の車の格落ち損害も賠償保険の対象になるか/ 相手の車の休車損害や代替車費用も賠償保険の対象になるか/ 相手の車にも不注意のある場合の賠償金の支払/ 相手車との衝突で第三者の物件を損壊した場合の賠償責任/ 争訟費用も賠償保険の対象となるか/ 対人賠償保険で支払われる損害の範囲/ 好意同乗者に対する保険の適用と共同不法行為の決済方法/ 過失相殺される場合の自賠責保険と任意賠償保険との関係/ 搭乗者傷害保険金が支払われる事故/ 搭乗者傷害保険の保険金の算出方法/ 搭乗者傷害保険金の支払われない場合/ 搭乗者傷害保険を貰った時は賠償請求金額を減額されるか/ 事故が発生した場合の一般的義務/ 事故が発生した場合の各担保種目別の当面の処置/ 示談の前には保険会社の承認が必要/ 交通事故の示談書の内容/ 保険金の支払い請求権者/ 交通事故被害者が直接保険金を請求する場合/ 示談の前の保険金の支払/ 交通事故を対象とする傷害保険の種類/ 傷害保険でいう身体の傷害/ 交通事故傷害保険の対象となる事故/ 死亡保険金の支払われる場合/ 後遺障害保険金/ 医療保険金/ 傷害保険を申込むときの問題点/ 傷害保険が重複した場合の処理/ 傷害保険金が支払われない場合/ 第三者から賠償金を受領した場合の傷害保険金/ 傷害保険の請求手続き/ 生命保険と傷害保険/ 労災保険/ 通勤途中の電車での事故/ 出張の帰路の際に知人の車に便乗している間の事故/ 従業員の慰安旅行中の事故/ 労働者の重大な過失による災害も労災保険の対象となるか/ 第三者行為災害の意義/ 労働保険の給付と損害賠償や自賠責保険との関係/ 労災保険給付にあたっての加害者からの賠償の控除/ 求償や控除の範囲/ 同僚労働者の加害の場合に求償権を行使しない場合/ 示談と労災保険給付の関係/
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