労災保険給付にあたっての加害者からの賠償の控除
第三者の行為によって労働者が業務上の負傷を受け、あるいは疾病にかかり、または死亡した場合には、被災労働者またはその遺族は、労災保険の保険給付請求権、民
法上の損害賠償請求権等を、同一の事由について二重あるいは三重に取得することになりますが、同一の事由について重複しててん補を受けることは公平を欠き、不合理であるといえます。
そこで、労災保険法では、二重てん補を避け、不合理を解消するため、とくに民法上の損害賠償との調整をするための規定が設けられています。
すなわち、第三者の行為によって発生した労働者の業務上の傷病等に対しては、民法709条により、第三者は「之に因りて生したる損害を賠償する責に任ず」るわけですが、その第三者の行なうべき損害賠償より先に労災給付が行なわれた場合には、保険給付の価額を限度として、被災労働者等が第三者に対して有する損害賠償請求権を政府が取得することになり、政府は、第三者に対し、この取得した損害賠償請求権を行使する。つまり求償することとなります。
また、労災保険の給付が行なわれるより先に第三者によって損害賠償が行なわれた場合には、被災労働者等が労災保険と同一の事由につき損害賠償を受けた額だけ政府は補償の義務を免れる、つまり、保険給付はその額だけ控除されて支給されることとなっています。
要するに、第三者の行為により労働者が傷病等をこうむったときは、第三者はいずれにしても損害額を支払わなければならないのですが、労災保険の給付と損害賠償のいずれがさきに行なわれるかによって、第三者が政府に求償されるか、または、政府が保険給付から控除して被災労働者に支給することとなります。
第三者行為災害を受けても、第三者に資力がないため損害賠償も受けられず、示談もないというような場合、被災者が労災保険の保険給付を受けたいと希望すれば、所定の手続さえすれば、保険給付を受けることができます。
私は社用で外出し、横断歩道を横断中自家用車にはねられ、大腿骨複雑骨折の重傷を負いました。ところが、相手方は資力が乏しく、直ちに損害賠償を支払ってもらえそうもありませんし、示談もできません。そこで、労災保険の給付を受けたいと思いますが受ける事はできるのでしょうか。
この場合はもちろん労災保険の給付を受けられます。ただ、本件のような自動車事故の場合には、第三者の資力に関係なく、自賠責保険からの支払いを受けられます。
第三者の行為によって労働者が傷病等をこうむった場合、第三者は、損害賠償の責任を負うわけですが、その傷病等が業務上のものであって、労災保険の保険給付の方が、第三者の損害賠償より先に行なわれますと、第三者の行なうべき損害賠償を結果的に政府がかわりに行なうかたちとなりますので、政府は、保険給付に相当する額を第三者から返還してもらわなければなりません。つまり、求償するわけです。
したがって、将来損害賠償の額が決定し、第三者が被災労働者等に支払うときには、第三者が政府によって求償された額の合計額は、決定された損害賠償額から差し引いて支払われることになることはいうまでもありません。
求償とは、労災保険法20条1項にもとづいて政府が取得した損害賠償請求権を行使することですから、被災労働者等の第三者に対して有する損害賠償請求権が消滅した後においては、請求権の代位ということは起こりえません。したがって、第三者に対して求償することはできなくなります。たとえば、民法724条にもとづく損害賠償請求権の消滅時効が完成した場合や被災労働者等が第三者の示談に応じ、これが成立した場合は、政府は求償できなくなるわけです。
しかし、ここで注意しなければならないことは、示談が成立した場合、これが真正なものであれば、実際の損害額と示談との差額については、被災労働者等が当然請求できる権利を放棄したものとされることです。権利を放棄したことにより、当然支給されるべき保険給付から、示談金額に関係なく二重てん補分を控除されるという、被災者にとっては不利益が生じてきます。
労災保険法20条2項は、補償の原因である事故が、第三者の行為によって生じた場合「補償を受けるべき者が、当該第三者より同一の事由につき損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で災害補償の義務を免れる」と規定しています。
これは、第三者の行為によって労働者が傷病をこうむった場合、当該第三者は当然民法上の損害賠償責任を負うわけですが、損害賠償が行なわれたうえにさらに同一事由について労災保険の給付が行なわれるとすれば、二重にてん補されることとなり、被災労働者は計算上不当な利益を得ることとなってしまいます。
そこで、損害賠償のうち、保険給付と同一の損害事由に相当する額を控除して給付を行ない、損害の二重てん補という不合理をさけるようにしているわけです。つまり、保険給付の控除とは、労災保険の保険給付払その本質は業務上の事故による被災労働者またはその遺族の損害をてん補することを目的としている点に着目して、第三者によってその損害がてん補される場合には、二重のてん補を避けるための調整が行なわれるものということができます。
求償や控除によって調整されるのは、「損害賠償と保険給付とが同一の事由によるもの」であることが必要となります。
損害には、いろいろありますが、普通、物の毀損にともなう損害、負傷しまたは疾病にかかった場合の治療費とそれにともなう費用、療養中の賃金喪失分、残存障害があればそれによる将来の賃金喪失分、死亡した場合の将来の賃金喪失分、葬祭の費用および慰謝料等が考えられます。
このうち、物の毀損にともなう損害と慰謝料は労災保険の保険給付に含まれていませんので、この二つを除いた残りの損害が保険給付と同一の事由であるといえます。
対物賠償保険金が支払われる事故/ 対人賠償保険金の支払われる事故/ 賠償保険の対象者/ どのような場合に賠償保険金を支払ってもらえないか/ 他人から預かっているものを破損した場合の賠償保険/ 記名被保険者に対する賠償保険/ 従業員の自動車事故による負傷に対する賠償責任/ 自動車事故によって同居親族に傷害を与えた場合/ 相手の車の格落ち損害も賠償保険の対象になるか/ 相手の車の休車損害や代替車費用も賠償保険の対象になるか/ 相手の車にも不注意のある場合の賠償金の支払/ 相手車との衝突で第三者の物件を損壊した場合の賠償責任/ 争訟費用も賠償保険の対象となるか/ 対人賠償保険で支払われる損害の範囲/ 好意同乗者に対する保険の適用と共同不法行為の決済方法/ 過失相殺される場合の自賠責保険と任意賠償保険との関係/ 搭乗者傷害保険金が支払われる事故/ 搭乗者傷害保険の保険金の算出方法/ 搭乗者傷害保険金の支払われない場合/ 搭乗者傷害保険を貰った時は賠償請求金額を減額されるか/ 事故が発生した場合の一般的義務/ 事故が発生した場合の各担保種目別の当面の処置/ 示談の前には保険会社の承認が必要/ 交通事故の示談書の内容/ 保険金の支払い請求権者/ 交通事故被害者が直接保険金を請求する場合/ 示談の前の保険金の支払/ 交通事故を対象とする傷害保険の種類/ 傷害保険でいう身体の傷害/ 交通事故傷害保険の対象となる事故/ 死亡保険金の支払われる場合/ 後遺障害保険金/ 医療保険金/ 傷害保険を申込むときの問題点/ 傷害保険が重複した場合の処理/ 傷害保険金が支払われない場合/ 第三者から賠償金を受領した場合の傷害保険金/ 傷害保険の請求手続き/ 生命保険と傷害保険/ 労災保険/ 通勤途中の電車での事故/ 出張の帰路の際に知人の車に便乗している間の事故/ 従業員の慰安旅行中の事故/ 労働者の重大な過失による災害も労災保険の対象となるか/ 第三者行為災害の意義/ 労働保険の給付と損害賠償や自賠責保険との関係/ 労災保険給付にあたっての加害者からの賠償の控除/ 求償や控除の範囲/ 同僚労働者の加害の場合に求償権を行使しない場合/ 示談と労災保険給付の関係/
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