交通事故の示談書の内容
示談は、和解契約の一種であり、これがいったん成立すると、民法696条に「当事者の一方が和解に依りて争の目的たる権利を有するものと認められ又は相手方が之を
有せざるものと認められたる場合に於て其者が従来此権利を有せざりし確証又は相手方が之を有せし確証出てたるときは其権利は和解に因りて其者に移転し又は消滅したるものとす」と規定されるように、簡単にはその内容を変更することはできなくなります。
もともと示談は交通事故における損害賠償の問題について、財産損害や慰謝料をどの範囲で、どの程度、どのような方法で賠償するのか、さらに、同一事件について被害者側は、その余の権利を放棄し、再請求や異議申立てをしないことを当事者間の合意で定めたことですから、これを簡単にくつがえして変更することは、権利関係が安定せず、当事者はいつまでも安心できないということになります。したがって、示談内容が変更されるケースはごく稀ですが、最近は、賠償思想の高揚とともに、被害者からの追加請求を認めた裁判例が散見されるようになってきております。
では、どういう場合に示談が無効とされて、被害者の追加請求が認められるかということですが、まず示談の前提とされて争いにならなかった事項について「要素の錯誤」があった場合があります。
たとえば、当事者双方とも傷害が軽微であると信じて、それを前提として示談をしたところ、後になって重大な後遺症が出てきたというような場合には、示談の当時、当事者双方が認識していたのと実際の傷害の程度、性質が著しく違っているわけで、このようなときには民法696条の規定にかかわらず、示談は無効とされ、被害者の追加請求が認められております。
また、示談後著しい事態の変化が生じた場合に、この事態の変化を解除条件として、示談額以外の権利放棄条項を失効させて追加請求を認める場合もあります。これは、受傷後間もなく、損害額を正確に把握できないような時に急いで結ばれた示談について、その後、当時当事者の確認できなかった事態の変化によって著しく損害額が増加した場合には、被害者の追加請求を認めようというものです。
このほか、公序良俗に反する場合や、詐欺、強迫などによって示談をした場合には、その示談は無効又は取消事由となって追加請求が認められます。
後日紛争が起こらないようにするためには、どういう示談をすればよいのかということですが、まず、基本的には公序良俗に反しない示談であることが要求されます。
被害者がまだ入院中にもかかわらず、そこへ押しかけて、強引に低額の示談条件を押しつけ、署名、捺印をさせたとか、被害者の無知に乗じて涙金程度で済ませてしまったとかいうような無理な示談はすべきではありません。このような場合には、後日ごたごたが生ずるばかりではなく、示談そのものが無効となりますので、加害者としても決して得にはならないはずです。
つぎに、示談の目的となる債権、債務の範囲を確定することも大切です。後日、その示談の対象となったのは、損害の一部であり、他の部分についてまで権利を放棄していないということで、再請求を受けては、せっかくの示談も意味がなくなります。
一般的には、示談の要素に錯誤がないように心がけることが肝心です。被害者の症状を十分に調査しないまま不用意に示談したりしますと、後になって無効を主張されたりしますので、示談の際には必ず信頼のおける病院で徹底的に診察させたり、脳波検査などを受けさせることが大切です。こうして傷害の性質、程度や後遺症が発生する可能性の有無をはっきりさせておきますと、被害者としても、ある程度の危険は承知のうえで示談をするわけですから、簡単には再請求される心配はないものです。
また、示談が成立したときに、示談書の中に被害者の自筆でその後の権利放棄条項を記載させることも一つの方法です。保険会社などで使用している示談書には、あらかじめ「今後本件に関しいかなる事情が起こりましても、両者はそれぞれ相手方に対し何らの異議、請求はもちろんのこと訴訟等一切いたしません」などという文書が印刷されているものですが、このような不動文字では、被害者の真の表意があったかどうか疑問とされておりますので、重複してでも必ず自筆でその旨記入させることです。こうすれば一般的には、被害者はその後の請求権を放棄したものと考えて差し支えないでしょう。
示談が無効とされるかどうかは、結局、示談をした額が妥当かどうかということにかかってきます。示談後、かりに後遺症が出てきたとしても、すでに支払っている賠償金が、この損害額に見合うものであれば問題はないわけで、このような場合にせっかく成立した示談を無効にしてまで、被害者を救済する必要はないからです。
したがって、後遺症のこともみこして、十分な賠償金を支払っておけば、まず大丈夫ということになりますが、実際には後遺症が発生するかどうか分からないし、発生するとしても極めて確率が低いというような場合にまで、これをカバーするだけの賠償金を支払うことには抵抗があります。後遺症分も含めて賠償金は支払ったけれど、結局後遺症は発生しなかったといったような場合に、その分の返還請求ができるかどうかは疑問であり、保険会社もまたそのような示談は承隠しないことが考えられます。
つまるところ、後遺症の問題については「万一後遺症が発生したときは、後日改めて協議する」というような留保条項を付するより仕方がないでしょう。そして、実際に後遺症が出て来たときには、被害者とよく話し合って再請求を認めることも必要です。もちろん、この場合でも加害者側が一切の責任を負担するのではなく、被害者の過失などは当然考慮されることになります。
被害者の過失も大きな要素で事故が発生したときには、留保条項を付しておくこともやむをえませんが、一切の責任を負うということではなく、被害者の過失も考慮して協議することが公平の理念にかなっているといえます。具体的には「後遺症が発生した場合には、被害者にて自賠責保険金を請求する」という示談内容も考えられます。
示談の当事者としては、加害者側は事故を起こした運転手にとどまらず、運行供用者や運転手の使用者や、使用者に代わって事業を監督する者などが各自連帯して賠償責任を負うことになりますが、いずれか一方のみで示談をして払示談は契約の一種ですから、これに加わらなかった契約の当事者以外の連帯債務者には、弁済以外の事由について、その効力が及びません。
たとえば、運転手が被害者と示談をして賠償金を支払っても、雇主にはこの効力が及ばないので依然として責任を追及される可能性が残ります。示談書用紙の多くは当事者の欄が小さくて、運転手と運行供用者あるいは使用者などの氏名を連記するスペースがありませんが、必ず両方を記載しておくことが大切です。
被害者側は被害者本人か、死亡の場合にはその相続人および被扶養者が当事者となります。賠償請求権者については、戸籍謄本や住民票を取り寄せて、その範囲を明確にし、代理人に対する委任状なども全員から洩れなく取り付けておき、後になって紛争が起こらないようにします。
以上の、注意すべき点をまとめますと、示談当事者を明確にすること、賠償すべき範囲と金額ならびに支払条件を確定すること、当事者が合意した示談条件の前提となる事実に錯誤のないようにする。この3点が、示談をするにあたって最も大切なことです。
対物賠償保険金が支払われる事故/ 対人賠償保険金の支払われる事故/ 賠償保険の対象者/ どのような場合に賠償保険金を支払ってもらえないか/ 他人から預かっているものを破損した場合の賠償保険/ 記名被保険者に対する賠償保険/ 従業員の自動車事故による負傷に対する賠償責任/ 自動車事故によって同居親族に傷害を与えた場合/ 相手の車の格落ち損害も賠償保険の対象になるか/ 相手の車の休車損害や代替車費用も賠償保険の対象になるか/ 相手の車にも不注意のある場合の賠償金の支払/ 相手車との衝突で第三者の物件を損壊した場合の賠償責任/ 争訟費用も賠償保険の対象となるか/ 対人賠償保険で支払われる損害の範囲/ 好意同乗者に対する保険の適用と共同不法行為の決済方法/ 過失相殺される場合の自賠責保険と任意賠償保険との関係/ 搭乗者傷害保険金が支払われる事故/ 搭乗者傷害保険の保険金の算出方法/ 搭乗者傷害保険金の支払われない場合/ 搭乗者傷害保険を貰った時は賠償請求金額を減額されるか/ 事故が発生した場合の一般的義務/ 事故が発生した場合の各担保種目別の当面の処置/ 示談の前には保険会社の承認が必要/ 交通事故の示談書の内容/ 保険金の支払い請求権者/ 交通事故被害者が直接保険金を請求する場合/ 示談の前の保険金の支払/ 交通事故を対象とする傷害保険の種類/ 傷害保険でいう身体の傷害/ 交通事故傷害保険の対象となる事故/ 死亡保険金の支払われる場合/ 後遺障害保険金/ 医療保険金/ 傷害保険を申込むときの問題点/ 傷害保険が重複した場合の処理/ 傷害保険金が支払われない場合/ 第三者から賠償金を受領した場合の傷害保険金/ 傷害保険の請求手続き/ 生命保険と傷害保険/ 労災保険/ 通勤途中の電車での事故/ 出張の帰路の際に知人の車に便乗している間の事故/ 従業員の慰安旅行中の事故/ 労働者の重大な過失による災害も労災保険の対象となるか/ 第三者行為災害の意義/ 労働保険の給付と損害賠償や自賠責保険との関係/ 労災保険給付にあたっての加害者からの賠償の控除/ 求償や控除の範囲/ 同僚労働者の加害の場合に求償権を行使しない場合/ 示談と労災保険給付の関係/
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