求償や控除の範囲
求償とは、労災保険法20条1項にもとづいて政府が取得した損害賠償請求権を行使することですから、当然政府が取得した損害賠償請求権の範囲内で求償が行なわれることとなります。したがって、労災保険から被災労働者に対して保険給付が行なわれたときに政府がどのような損害賠償請求権を取得するかということによって求償の範囲も決まってくるわけです。
まず、その基本的なことは、損害賠償が保険給付と同一の事由によるものであることが必要であるということです。
損害には、いろいろの種類がありますが、普通、物の毀損にともなう損害、負傷しまたは疾病にかかった場合の治療費とそれにともなう費用、療養中の賃金喪失分、残存障害があれぼそれによる将来の賃金喪失分、死亡した場合の将来の賃金喪失分、葬祭の費用および慰謝料等が考えられます。
このうち、物の毀損にともなう損害と慰謝料は、労災保険の保険給付に含まれていませんので、この二つを除いた残りの損害が保険給付と同一の事由であるといえます。そこで、政府が求償のできる範囲を具体的に考えてみますと、つぎのようになります。
労働者か負傷した場合で身体障害が残らないとき、被災労働者が受けた全損害のうち、治療費、療養中の喪失した利益(平均賃金×休業日数)となります。
負傷して、身体障害か残ったとき、治療費、療養中喪失した利益のほか残存障害による将来の賃金喪失分が加わります。
これは、労働者の平均賃金、労働能力喪失率、平均余命年数、法定利率を基礎として算出されます。
労働者が死亡したとき、被災労働者
の全損害のうち、治療費とそれにともなう費用、療養中喪失した利益、死亡による労働者の逸失利益のうち、労災保険の保険給付を受けた者が相続した分、労災保険の保険給付を受けた者の被扶養利益および葬祭料となります。
第三者が損害賠償を行なう前に労災保険の保険給付が行なわれますと、政府は、被災労働者の損害賠償請求権を代位取得し、第三者に対して求償を行なうこととなりますが、その額は、被災労働者の損害の程度や事故の態様などによって変わってきます。
労災保険給付と同一の事由による被災労働者の損害額が、保険給付の額を上廻るときには、保険給付の価額に相当する額まで求償され、保険給付と同一の事由による損害額が保険給付に相当する額より少ないときは、その損害額まで求償が行なわれます。つまり、保険給付の額と損害賠償の額を比較して、そのどちらか少ない方の額が求償されるということになります。
また、災害発生の原因が、相手方の故意または過失だけによるものではなく、被災した労働者の方にも故意または過失があって、災害発生の原因となったものであるときは、過失相殺により、被災労働者が相手方に対し請求することのできる損害賠償の額までということになります。この場合の損害賠償の額は、もちろん保険給付と同一の事由によるものでなければなりません。
保険給付の控除は、被災労働者またはその遺族が、第三者から受けた損害賠償のうち、保険給付と同一の事由によるものに限られています。つまり、二重てん補を避けるために調整されるのですから、労災保険の保険給付と同一の事由による以外の損害賠償は控除の対象となりません。したがって、第三者から受けた損害賠償の内容がどのような損害に対して行なわれたものかということによって、保険給付の範囲も決まってくることになります。
つまり、被災労働者またはその遺族が第三者から受けた損害賠償のうち、治療費、療養中喪失した利益、残存障害のための逸失利益、死亡による逸失利益、および葬祭の費用に相当する額が控除の対象となり、全損害賠償の中には当然含まれていると考えられる精神的損害としての慰謝料や、物的損害としての物毀損に対するものなど労災保険の保険給付と同一の事由によらない損害賠償については、保険給付の控除の対象とされません。
なお、この保険給付からの控除の対象とされる「保険給付と同一の事由による損害賠償」は労災保険法20条1項にもとづき第三者に対し求償する場合の求償の範囲と一致しますが、これは調整の趣旨から考えると当然一致すべきものといえます。
保険給付から控除される額については、被災労働者またはその遺族が保険給付と同一の事由について受けた損害額を限度とします。したがって、実際には、被災労働者の受けた損害賠償額が保険給付の価額を上廻るときは、保険給付は全額控除されます。つまり、保険給付は、全くなされません。また、被災労働者の受けた損害賠償額が保険給付すべき額より少ないときには、その保険給付の額から、被災労働者が受けた損害賠償額のうち保険給付と同一の事由による賠償額に相当する額を控除して支給されます。
求償は、労災保険法20条1項にもとづいて政府が取得した損害賠償請求権を行使することですから、被災労働者またはその遺族の第三者に対して有する損害賠償請求権が消滅した後においては、請求権の代位ということは起こりえません。したがって、第三者に対して求償することはできなくなるわけです。
つまり、不法行為にもとづく損害賠償請求権の消滅時効は、民法724条によって3年となっておりますから、一般には災害発生後3年を経過しますと時効が完成します。そうしますと、政府が受給権者に保険給付をしたとしても代位取得すべき受給権者の第三者に対して有する損害賠償請求権は存在しないわけですから、求債権の取得がなく、したがって第三者に対する求償も行なわれないこととなるのです。
以上のことから、求償の期間は災害発生後3年間ということになりますが、受給権者が第三者に対する損害賠償請求権について裁判上の請求をしているなど時効中断の措置を講じている限りは、政府は求償できることは当然のことです。
また、自賠責保険に対する損害賠償請求権は、事故発生の日の翌日から起算して2年間で時効により消滅しますので、自賠責保険に対する求償は2年以内に行なわれることとなります。
つぎに、控除についての期間ですが、控除につきましては、損害賠償の支払いが労災保険の保険給付より先に行なわれている関係上、特に期間についての制限はありません。しかしながら、年金給付に限っては特に求償との均衡上から事故発生後3年を限度とするよう取り扱っています。
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