搭乗者傷害保険を貰った時は賠償請求金額を減額されるか
加害者が被害者に損害を与えると同時に逆に利益を与えることもあります。たとえば、被害者が死亡した場合、将来生きていて働いていれば得られたであろう収入を失った反面、一方では将来本人の生活費の支払を免れるということになります。
このように、被害者が損害を受けた反面、将来の出費を免れたというような場合には、その額を差し引いた正味額を被害者の真の損害とします。これを損益相殺といっています。損害賠償は現実に発生した損害のてん補を目的とするものですから、損害賠償の結果、これによってかえって被害者に利得が生ずることがないようにするのがこの制度です。
損益相殺は、加害行為によって損害を発生せしめたと同一の原因から生じた利益のみを対象として行なわれます。賠償すべき損害の範囲は、賠償原因より相当因果関係の範囲内において生じた損害に限られていますから、損益相殺の対象となる利益払その加害行為と相当因果関係の範囲内において発生したものであることが要求されます。
では、傷害保険金は損益相殺の対象となるのかどうか、ここで、生命保険金の場合ですが、これが損益相殺の対象となるかどうか判決例でみてみますと、判決は「生命保険金は、損害から控除すべき性質のものではない」とつぎのとおり述べています。
「生命保険契約にもとづいて給付される保険金は、すでに払い込んだ保険料の対価の性質を有し、もともと不法行為の原因と関係なく支払われるべきものであるから、たまたま本件事故のように不法行為により被保険者が死亡したためにその相続人に保険金の給付がなされたとしても、これを不法行為による損害賠償額から控除すべきいわれはない」
傷害保険契約もこれと同じく、契約者が一定の保険料を払い込むことによって、保険会社は、保険事故が発生した場合、一定の保険金を被保険者または保険金受取人に支払う旨を約して成立する契約です。
ですから、自動車事故によって被保険者が死傷した場合、これは保険事故の発生であって、被保険者または保険金受取人に保険金請求権が生じ、これによって一定の保険金が支払われるのです。
したがって、不法行為によって発生する損害賠償請求権とは別個のものであり、また、傷害保険の目的が自賠責保険のごとく、加害者の損害賠償責任の一部を保険によっててん補しようというものではなく、保険本来の目的が異なるわけです。
よって普通傷害保険や交通事故傷害保険などの保険金が被害者に支払われても損益相殺できないというのが通説となっています。
では、搭乗者傷害保険はどうでしょうか、搭乗者傷害保険は、普通傷害保険や交通事故傷害保険などと、ちょっと性格がちがうので、直ちに損益相殺の対象外だというこ
とはできません。
すなわち、搭乗者傷害保険は、自動車保険の特約としての付帯契約であり、自動車に乗っている間の搭乗者の危険を担保するのがこの保険の目的なのです。ですから、この搭乗者傷害保険契約は、運転手や家族の傷害に対する自衛手段であることはもとより、搭乗する他人の傷害危険に備えて自動車の所有者が一定の保険料を負担しているわけです。
また、この本保険の場合は、生命保険や普通傷害保険などのように被害者側が自から保険料を払い込んでいるのてはなく、被害者のために加害者側が保険料を負担しているところに違いがあります。この点から、加害者が契約者側である場合は、保険金は加害者から被害者に対する見舞金的な性格をもつことになります。そういう意味合からして、搭乗者傷害保険金は契約者を経由して請求することになっています。
したがって、加害者が契約者側である場合には厳格な意味での損益相殺としてではないにしても示談にあたっては十分考慮されてしかるべきでしょう。
対物賠償保険金が支払われる事故/ 対人賠償保険金の支払われる事故/ 賠償保険の対象者/ どのような場合に賠償保険金を支払ってもらえないか/ 他人から預かっているものを破損した場合の賠償保険/ 記名被保険者に対する賠償保険/ 従業員の自動車事故による負傷に対する賠償責任/ 自動車事故によって同居親族に傷害を与えた場合/ 相手の車の格落ち損害も賠償保険の対象になるか/ 相手の車の休車損害や代替車費用も賠償保険の対象になるか/ 相手の車にも不注意のある場合の賠償金の支払/ 相手車との衝突で第三者の物件を損壊した場合の賠償責任/ 争訟費用も賠償保険の対象となるか/ 対人賠償保険で支払われる損害の範囲/ 好意同乗者に対する保険の適用と共同不法行為の決済方法/ 過失相殺される場合の自賠責保険と任意賠償保険との関係/ 搭乗者傷害保険金が支払われる事故/ 搭乗者傷害保険の保険金の算出方法/ 搭乗者傷害保険金の支払われない場合/ 搭乗者傷害保険を貰った時は賠償請求金額を減額されるか/ 事故が発生した場合の一般的義務/ 事故が発生した場合の各担保種目別の当面の処置/ 示談の前には保険会社の承認が必要/ 交通事故の示談書の内容/ 保険金の支払い請求権者/ 交通事故被害者が直接保険金を請求する場合/ 示談の前の保険金の支払/ 交通事故を対象とする傷害保険の種類/ 傷害保険でいう身体の傷害/ 交通事故傷害保険の対象となる事故/ 死亡保険金の支払われる場合/ 後遺障害保険金/ 医療保険金/ 傷害保険を申込むときの問題点/ 傷害保険が重複した場合の処理/ 傷害保険金が支払われない場合/ 第三者から賠償金を受領した場合の傷害保険金/ 傷害保険の請求手続き/ 生命保険と傷害保険/ 労災保険/ 通勤途中の電車での事故/ 出張の帰路の際に知人の車に便乗している間の事故/ 従業員の慰安旅行中の事故/ 労働者の重大な過失による災害も労災保険の対象となるか/ 第三者行為災害の意義/ 労働保険の給付と損害賠償や自賠責保険との関係/ 労災保険給付にあたっての加害者からの賠償の控除/ 求償や控除の範囲/ 同僚労働者の加害の場合に求償権を行使しない場合/ 示談と労災保険給付の関係/
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