従業員の自動車事故による負傷に対する賠償責任

被保険者の業務に従事中の使用人に対する、その使用人の生命または身体を害したことに起因する賠償責任は、免責となります。被保険者の業務に従事中の使用人に対する責任は、使用者と使用人という密接な関係に着目し、その解決を雇傭関係内に委ね、あわせて労災保険という他種目社会保険の分野に任せようとしたものです。もっとも、労災保険による別途補償の途が関かれていない場合でも免責となります。
 本条項でいう被保険者は、記名被保険者に限らず、責任の主体となるべき被保険者を指しますから、許諾被保険者が記名被保険者の使用人の生命、身体を害した場合は、本条項の免責とはなりません。
 本条項の業務従事中の使用人と類似の規定に、労働基準法上の労働者と民法715条の被用者があります。前者は、労働基準法8条の適用事業に使用される者で、賃金を支払われる者とされます。後者については、従来の判例によって、臨時的、1回限りの仕事、営利的、家庭的仕事を問わず、また、有償無償を問わないとされています。
 約款でいうところの使用人とは、但書で労働基準法の適用除外となっている家事使用人を除いていること、民法715条の使用人の範囲は、被害者保護という異質の理念によって定められていることなどからいっても、労働基準法上の定義に近いものと解されます。しか、本免責規定は、たんに労災責任により別途補償の途が開かれているという理由のほかに、使用、被用されている者の間の密接な関係に着目して、企業内の責任関係を企業内に委ね、それによって不当請求をも防止しようとすることも理由となっています。そこで、労働基準法でいう労働者のほか、かりに無償使用人であっても、選任監督、命令支配関係があれば、約款のいわゆる業務従事中の使用人となります。たとえば、病院での無償のインターンなどもこれに該当します。また、被保険者が元請人となり数次の下請を用いる場合であっても、使用の実態によっては、下請人の被用者も、約款でいわゆる「被保険者の業務従事中の使用人」となります。労働基準法でも、災害補償については元請人を使用者とみなすとしており、元請人に労災責任を課しています。

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業務に従事中とは、免責の趣旨からいっても、労働基準法上の業務上に該当する場合を指します。民法上の使用者責任発生の要件の一つである、事業の執行につきとは異なります。
 同居の親族に対する賠償責任、記名被保険者に対する賠償責任と同様に、文理上は当該使用人に対する賠償責任のみを免責としていますが、業務に従事中の使用人の生命、身体を害したことによって、当該使用人の近親者が損害賠償請求権を取得するとき、たとえば、使用人の死亡によって、その遺族が固有の慰謝料請求権を取得するような場合には問題となります。
 労災保険は遺族補償も行なうことになっており、本規定は免責 規定の趣旨からいっても、英文約款の規定と同様に「業務従事中の使用人の生命、身体を害したことによって生ずるすべての賠償責任を免責としたもの」と解すべきも のとされています。とすると、運転手である従業員が、業務従事中の他の使用人の近親者の生命、身体を害したことによって、その使用人に賠償責任を負った場合には、この免責規定の適用はないことになります。
 記名被保険者が法人であって、その使用人が業務従事中の他の同僚労働者の生命、身体を害した場合には、本規定により免責となるか否かが問題となります。記名被保険者がこのような場合に負担する労災責任、自賠法上の運行供用者責任、民法上の使用者責任については免責となりますが、加害使用人の民法709条の不法行為責任については、被害者である使用人が加害使用人の業務に従事中ではなかったのですから、一見本規定の適用がなく、免責とはならないようにも考えられます。
 しかし、使用人は独立の被保険者ではありませんから、この場合についても免責となるというのが結論となります。さもないと、約款が、全体として統一された体系として理解し難いものとなり、保険金請求者が使用者である記名被保険者の場合は免責となり、加害使用人からの請求は有責となるという不合理な結論となります。しかも、この種の事件は、労災事件であって、使用者が責任を負担するという実態にも副わない結果を招来しますし、本免責規定の設置の意味が失われてしまうことになります。
 日本の現行約款が模範とした米国の約款では、業務従事中の使用人の生命、身体を害したことによって生ずる賠償責任について免責とするとともに、同僚労働者についても明文の免責規定を設定しています。これは、この種の事件は本来労災事件であって、被害者である同僚労働者が加害使用人に請求するのは、労災補償以上のものを自動車保険によって取得しようという意図がうかがえ、もし自動車保険のてん補がえられない場合には、同僚に対する請求は通常しないのが実態であるということを理由としているようです。
 日本の使用者の業務従事中の使用人に対する責任は、労働基準法に定める範囲に限らず、使用者が自賠法上の運行供用者責任を負うべき場合には全損害に及ぶのですから、このような事件の場合は、使用者の責任として扱われる実態上からも、前述どおりの結論はやむをえないでしょう。
 もっとも、本規定の取扱いについては、加害使用人が責任を負担して、直接に保険金請求を行なう場合には、労災保険でてん補される補償額を控除して残額を自動車保険でてん補するというような方法も考えられます。この方法は、労災保険法20条の国の第三加害者に対する求債権行使について、同僚労働者間の事故については、これを国は行使しないという運用が確立されていることから、国の保険給付との間に衝突を生じません。しかし、同僚間の災害は、本来、労災事件であって、使用者がその責めを負担すべきものでありますから、まさに使用者の責任を免責とした本条項の趣旨からいっても、こ の方法は採用しがたいように思われます。また、この方法によると加害使用人が先に弁済した場合、労災の保険給付は減額されることになり、果てしない追いかけごっ こになる可能性もあります。
 また、加害使用人が自己所有の自動車によって業務従事中の同僚を死傷させた場合には、加害者が記名被保険者でもあり、免責とすべき理由はなくなるものと考えられます。

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