無免許者に運転させた者の責任
無免許であることを知っていて自動車を運転させた者の刑事責任はどうなるのでしょうか。また、無免許運転をすすめたが、実際には運転しなかったらどうなるのでしょうか。教唆犯と従犯とはどうちがうでしょうか。
無免許で自動車を運転していけないことは誰でも知っています。道路交通法では無免許運転は事故発生率が高いので、運転自体を禁止し、違反者には三年以下の懲役または五〇万円以下の罰金という重い処罰を定めております。
ところで、注意を要するのは無免許者に自動車等の運転をさせた者も、無免許運転の教唆犯あるいは幇助犯として処罰されることがあることです。そこで、どのような場合に処罰されるかを検討してみましょう。
無免許運転の教唆犯として処罰の対象となるのは、次の条件をすべてみたした場合であると言われております。
無免許運転者に運転の決意をさせたこと。まず、運転者が無免許であることを知っていて決意させたことを要します。無免許であることを認識しているか、または無免許かもしれないがそれでもかまわないと思った場合です。偽造免許証を見せられてそれが本物であると考えていたり、毎日車を乗り回しているのを見て免許をもっていると誤信したようなときは、この要件を欠くことになります。
また、無免許でないと信ずるについて過失があっても、教唆の要件をみたしません。なお、免許証不携帯と無免許運転とは、性質が異なりますから、不携帯の事実を知っていて運転させた場合は、本問題とは異なって免許証不携帯罪の教唆のほうが成立する場合もあるということになります。
かつて免許を有していたが、現在は免許を取り消されているとか、免許の停止中であることを知って運転をさせた者は、本罪の無免許運転教唆犯にあたります。
次に、運転者にすすめて運転の決意をさせたことが必要です。その手段、方法には制限がありません。ですから、命令、威嚇、脅迫、哀願、利益の提供など、いずれの方法によっても相手が運転する決意を生ずればよいのです。もっとも、運転者が運転をすすめられる以前からすでに運転する意思があったときは、教唆犯は成立しません。後に述べる幇助が成立するにすぎないようです。
無免許者に運転をすすめても、すすめられた相手が実際に運転をしなければ教唆犯にはなりません。したがって、被教唆者が現実に無免許運転をした場合に限って教唆者は処罰されることになります。
刑法では教唆者の処罰について、「人を教唆して犯罪を実行せしめた者は正犯に準ず」と定めています。したがって法定刑の範囲内で裁判所が具体的に定めることになります。教唆者のほうが運転者のほうより刑が軽いのが一般ですが、会社の役員が部下に命じて運転させたような場合などは、教唆者のほうが重く処罰されていることもあります。
なお、運転者が一四歳未満の刑事責任能力のない少年であっても、教唆犯は成立しますので、教唆者のみが処罰されることもあります。
無免許運転の幇助犯というのは、無免許運転者の運転行為を容易にさせる行為を言います。自動車を貸してやるとか、買い与えるとかの物質的援助の場合とか、助言や指示、激励などにより無免許運転の犯意をもつ者にさらに犯意を強固にするような精神的方法による援助とがあります。
幇助の意思と行為が必要なのは、この教唆犯の場合と同様ですが、被幇助者が幇助者の行為に気づいていなくともかまわないと言われております。
また、無免許者の運転する車両に同乗していたか否かにも関係はありません。したがって、遂に、同乗者であっても、無免許運転であることを認識予見したうえで、自動車を貸与したり、助言や指示を与えた場合でなければ幇助犯と言われることはありません。
なぜなら前に述べた幇助の意思が必要だからです。なお処罰は、刑法上「従犯の刑は正犯の刑に照らして減刑する」旨の規定がありますので、無免許運転者より重く処罰されることはありません。
運転免許のある者が無免許運転者に運転させて事故を起こしてしまった場合は、運転させた者は、その事故についてまで刑事責任を負うのかという問題もあります。むずかしい問題ですが、運転技術の未熟な者で交通法規についての理解も十分でない者に運転をすすめた者は、事故の発生を予見することは可能なことですし、運転をすすめるべきものではないのですから、事故発生という結果についての責任を負わなければならない場合も考えられます。もっとも、
無免許運転をさせたことと、傷害や死亡との間には因果関係が必要ですから、具体的な事件によって、その認定は個々になり、結論を画一的に導きだすことはできないものと言えます。
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