量刑を左右する事情

交通事故の刑事裁判の量刑を決定する要素はいくつかあります。事故の結果の軽重、損害の内容、過失の態様、示談弁償経過、前科前歴、反省態度、年齢、性別、家庭環境、社会への影響などがあげられます。
 ここでは何が量刑に影響を与えるものであるかについて考えてみたいと思います。通常、刑の量定に影響を及ぼす要素 は、犯罪の重さ、再犯のおそれなどですが、交通事犯にあっては、しだいに量刑基準の単純化がなされつつあり、厳格化の傾向があります。
 まず、刑の量定に関係するものとして、結果の重い軽いがあります。死亡事故と傷害事故では死亡事故のほうが重く、傷害事故では、傷害の程度によって責任がちがってきます。
 また、被害者が多いか少ないかも、一つの基準になります。求刑の基準は、被害者死亡一名あたりに対し、体刑一年以上が考えられているようですし、一か月以上の治療を要する傷害が起訴の下限となっているといわれています。
 また、死亡、傷害の結果は、単に被害者個人のみの問題ではなく、被害者を取りまく環境に影響することも無視できません。事故は被害者の家族の生活基盤への影響や、会社企業等にも多大の影響を与えてまいりますので、事件によって生じた損害の財産上の損失も、量刑の一資料とされます。したがって、死亡事件であっても、幼児や老人などが被害者である場合に比べて、一家の支柱ともいうべき者を死に追いやった場合の責任は、重いと言わざるをえません。

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つぎに事故の結果のみではなく、過失内容が量刑の重要な要素になります。酒酔い、無免許、速度違反、いねむりなどの基本的に悪質な事案と、わずかな不注意による事故とでは、これに対する社会的批判は異なってきます。
 学問的には、発生した結果を重視する結果責任か、運転者の過失を重視する過失責任かが論じられているところです。かつては結果責任が強調されましたが、最近ではむしろ過失責任主義に重点が移りつつあると言えるようです。過失犯は、もともと注意義務に違反したものを対象とするものですから、結果の重大性に目を奪われると、不公平な結果を導くことになるからです。
 そこで公判では、悪質な不注意によるものであるか、同情の余地のある事件であるかが争いの対象として考えられることになります。
 このことがらは、事故発生に与えた被害者側の過失、第三者の過失の競合、道路の状況、信号機その他交通標識関係、天候、交通事特等が、事案の悪質かそうでないかに関連してきます。被害者が突然に道路に飛びだしたとか、幼児が路上で遊んでいたとか、対向車の運転者が酒に酔って蛇行運転を続けてきたような場合などには、当然に刑に影響し、加害者に有利な事情として考えられるものと言えましょう。
 示談の成否と経過、弁償額などが、つぎに重要な量刑の資料となってきます。示談や弁償によって、損害の一部が補充されること、加害運転者の誠意と努力の成果が考慮されることは、刑事裁判の本質上当然かと思います。
 しかし最近では、結果責任主義、過失責任主義等を強調する論者からは、示談弁償は当然のことであって、量刑上それほどに考慮する筋合いではないとするものさえあらわれております。しかし、加害運転者としては、事故の発生そのものについては、もはやとりかえしはつかないことなのですから、被害者に対してできる限りの弁償の努力をなし、被害感情の融和をはかる以外に方法はありません。事故の結果について何の反省も示さず、一銭の弁償もせず、被害者が肉体的にも経済的にも苦しみぬいていてもこれを無視していた者と、誠意をつくし、全財産を投げだした者との刑が同一であるとは、誰も考えてはいないでしょう。
 もっとも、弁償したからといって、それが他に比較して僅少であったり、保険金以外には何の支払いもしなかったような場合には、誠意を示したということも困難でしょう。
 被告人の側から見ますと、事故時の状況、労働条件、前科前歴、将来の運転の有無、家庭の事情などが考えられます。また運転者の年齢、職業などもこれにはいります。少年を交通刑務所に入れることがよいかどうか、公務員などの場合には、その資格の喪失についても考慮されます。
 これらの事情については、量刑上考えるべきではないとする見解もありますが、被告人を刑務所に入れる場合に、被告人やその家庭に与える影響が非常に大で、罪質に比してあまりに苛酷な結果をもたらす場合は、比較資料として当然に考慮されるべきものと思います。
 以上、いろいろと量刑について述べてきました。量刑というのは、交通事犯などの犯罪が成立したときに、これに与えられる刑の内容をきめることをいいます。罰金刑にするか、懲役刑にするか、まず別種を選択し、ついで、刑の数量をきめるわけです。罰金刑ですと、いくらの額とするかがこれです。懲役刑ですと、服役する本人にとっては、一か月ちがっても、深刻な影響を受けることとなります。また同じく懲役一年の刑であっても、執行猶予がつけられるかどうかで、天地ほどの開きがでてきます。実刑の場合は、身体の自由を奪われ数年の間刑務所内で強制労働に服さなければなりません。これが執行猶予の判決ですと、猶予の期間中刑に服さなくともよいばかりか、その期間を無事にすごしますと、刑の執行を受ける可能性はまったくなくなり前科としても扱われなくなるわけです。このように、刑の内容をきめる量刑の問題は加害運転者にとって最大の問題点であるわけです。
 ところで、量刑決定の因子については以上に述べたところですが、刑法や交通法など法律の定めている刑の範囲はきわめて大まかであって、その決定は裁判所にまかされています。たとえば、交通事故の場合の業務上過失敗死傷罪については、懲役五年以下と定めてあるだけであって、その幅が広いのです。しかし裁判所がまったく自由勝手に判断できるというわけのものでもありません。おのずから客観的な基準や慣行にそくして実務は運用されております。そのため、実務家はほぼおちつく刑の内容を予定しており、その上下いずれに裁判所の判断をもっていくかが争点となります。ここで、弁護技術の差も生じてきます。執行猶予の判決がつくかつかないかなど、ぎりぎりの線と考えられるようなケースでは、弁護技術の優劣が勝負を決するともいえます。また裁判官の個性や、世界観の相違が刑の決定に影響をなげかけることも否定できません。一般に都市の裁判所や高裁では刑が重く、地方では軽いなどといわれています。
 量刑のいちじるしい不均衡については、控訴審で是正され、あるいはきわめて不当と考えられるときは上告審で修正されることもあります。

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