示談はどのようにして進めるか
刑期にも大きく影響する示談の折衝は、誰が、いつ、どこで、どのようにすすめたらよいでしょうか。示談にのぞむ態度、金額、支払方法、被害者側の過失、示談書の作成などについて、考えてみたいと思います。
示談の交渉については、被害の結果、被害者の性格、加害者、被害者双方の経済力などの相違や、時期などによって異なりますので、いちがいには申し上げられませんが、ここで一般的な問題を考えてみましょう。
まず交渉はだれがやるかが問題です。当然に加害者本人が誠意をつくして謝罪し、治療や付添にも積極的に加わって行動し、被害者やその家族の感情をゆるやかにしておくことがたいせつであることは、いうまでもありません。
しかし、いざ示談となり、賠償金額や条件をとりまとめるとなりますと、当事者本人どうしでは、不必要に感情を刺激しますし、なかなかまとまりにくいものです。できれば、加害者側は兄弟などの親族、友人、知人などに依頼して、冷静に折衝してもらうことがよいと思います。会社の事故係なども、専門的知識をそなえているのでよいのですが、加害者本人のことよりは会社の利害のことを考えたり、被害者に対して不親切な言葉を投げかけたりすることもありますので、できる限り身内の人に折衝してもらい、専門家は背後に控えてもらって、相談や指示を担当していただいたらと考えます。
このことは弁護士の場合も同様で、示談折衝に直接あたりますと、被害者側で警戒したり、不信感をもつことがあります。極端な例では、弁護士に頼む費用があるならば、弁償金をまず払えなどと、悪口を言われたこともあります。加害者にとっては、理屈を強く主張するというよりは、弱くでて情に訴えるというほうが、比較的うまく示談をまとめることができます。
示談解決は、刑事裁判の終結時にはおそくともできていなければなりませんが、いつから始めたらよいかが問題です。ごく大ざっぱに言えば、被害者感情の落ちついた時がチャンスといえるでしょう。被害者が死亡した場合なら、葬儀も一段落した四九日前後がもっともよいと言われています。負傷の場合では、退院のころ、入院継続の際は、病状が固定しほぼ治療の見通しのついた時などがよいとされています。そのころは激しい怒りの感情もほぼ落ち着き、現実に、金銭的処理のことが双方の念頭に浮かびはじめる時だからです。
もちろんそれまでほおっておくということではなく、死者に対しては心から弔意を示し、多額の香典なり、葬儀費、見舞金などを遺族に差しあげておくべきです。患者に対しては、治療費、付添費の支払い、雑費、休業補償費の支払い等、賠償金の内払いとして、できる限り早く支払っておくことが必要です。これは示談をスムーズにとりまとめるものでもありますが、半面、加害者としてまずつくすべき最低の義務だからです。
物損については、人身事故と異なり、早期の示談折衝が必要です。物損は、まったく経済的な損失をどう処理するかという、ドライな面が中心だからです。修理はどこの工場でやるのか、修理中の代車の手配はどうするのか、値下がり分はどう評価するのかなどの問題処理は、事故の直後にとりかからねばならないことです。
当然のことですが、被害者は最初のころは感情的になっていますから、時には罵声を浴びせられることもあります。しかし。加害者はこういうときにこそ反省すべきなのですから、冷静に誠意をつくし、辛抱して、相手が冷静になるまでまつことです。相手の言い分をよく聞き、相手の立ち場になって考える態度がたいせつです。お互いに理解できるようになることが第一歩と思います。
さて、そこで、示談折衝にあたって注意すべき点を検討してみましょう。
死亡事故の場合は、誰が相続人であるかを確認しなければなりません。相続人が三名いるのに、二名とのみ示談成立となっても、一名が残っておれば、この方とは別途に示談しなければならなくなります。
また、被害者側で代理人をたてた場合、誰と誰の代理人になっているかが重大です。ここと同様に、処理を委任していない人との間では、別途に示談しなければならなくなってしまうからです。なお、交通事故をめぐる事件屋がいますので、正当な代理人であるかどうかを、よく確かめておかなければなりません。
示談は契約の一種ですから、成立には、当事者双方の意見の一致をみなければなりません。詐術をつかったり、強迫したりすると、効力を否定されることがあります。最終的には、双方の意見をよく確認しておくことです。
示談書のうちには、治療費全額とか「全責任を負います」などと、抽象的に漠然と記載されているものもありますが、これでは示談としての意味がありません。後日、再び、この問題の解決を図らなければならないことになります。示談の結論は、できる限り、項目別にはっきりと金額を特定することです。項目としては、人損については治療費、付添費、雑費、休業補償費、慰謝料、葬儀費、逸失利益などがあげられます。
示談金額がきまりましたら、その支払方法も、具体的にはっきりさせておかないといけません。保険金(強制と任意)での支払いをどうするのか、すでに支払ったものとの関係はどうなのか、いつまでに支払うのか、誰のところで支払うのか、持参払いなのか取立払いなのか、などなどです。また割賦払いのときは、支払いがとどこおったときはどうするのか、などのとりきめが必要となります。さらには、抵当をつけるのか、保証人をどうすふのかなどの問題もあります。
示談は民事責任の最終確定でもあるのですから、相手方の過失も考慮して、減額してもらう点があれば遠慮なく申し出るべきです。最近の東京地裁民事交通部では、過失割合表が作成されており、客観的に判断ができるようになっていますので、これらの表も参考にして、要求したらよいと思います。
双方の意見がまとまったら、直ちに示談書を作成することです。まとまったのに、何日か間をおきますと、関係者の気持がぐらついたり、第三者の雑音などの影響もあって、せっかくまとまったのに、こわれてしまうこともあります。できあがったら即座に書面にするよう、準備しておきたいものです。
示談書に書式というものはありません。通常、契約書は二連(当事者双方用)作成しますが、交通事故の場合は、裁判所等に提出するものを含めて、三通作成するのが多いようです。記載すべき事項は、加害者、被害者の住所、氏名、代理人の住所、氏名、事故の発生年月日、場所、態様、加害車両、被害車両のナンバー、示談内容です。末尾に双方が署名押印しなければなりません。用紙は文房具店などで印刷したものが販売されていますが、復写紙で作成してもかまいません。
示談書の書き方でいちばん問題なのは、この示談によって、双方は今後、別途請求することのないことを確認しておくことです。この点をあいまいにしておきますと、示談の成立が無意味になりますので、必ず最終項目に、この点の確認条項を記載しておきましょう。
なお、立会人や証人は法律的には不要ですが、後に、真正に成立したことの立証のために、末尾に立会人の住所、氏名を記載し押印してもらっておくこともあります。
後日の紛争を防止し、確実にしておくには、当事者双方の作成した示談書ではなく、公証人の作成にかかる公正証書を作っておくこともあります。当事者双方が、実印恚印鑑証明書を持参して公証人役場に出頭しますと、簡単に作成してもらうことができます。費用もそう高くはありません。裁判所に対しても、公正証書まで作成したということで、情状としては比較的有利に考慮されるでしょう。
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