執行猶予

私は、交通事故を起こし、歩行者を死亡させ禁錮一〇ヵ月の求刑を受けました。被害者にも過失がありますが、私は真実申しわけないと思っております。しかし、私の家には老母と幼い弟妹が三人もおり、生計は全部私の肩にかかっています。何とか執行猶予にしてもらいたいと思っていますが、どうしたらよいでしょうか。
この場合、いくら執行猶予を受けたいと思って、被害者側に十分な賠償をし示談をしたとしても、その被害の状況やあなたの過失の状況によっては、どうしても実刑を免れない事件もあります。ですから、まず量刑を決めるポイントとなる被害の大小や過失の多寡その他について検討し、これを有利に立証する必要がありましょう。
被害の大小とは、客観的事実としての死傷者数、事故の個数、致死傷の程度等のことです。その被害が重大であればあるほど、責任が重くなり、それだけ重刑に課せられることはいうまでもありません。たとえば、致死事件は致傷事件にくらべて禁錮刑の実利率が高くなりますし、一連の運転行為によって次々と事故を起こした場合には、そのいずれもが軽傷であっても、一個の事故の重傷事件の量刑と匹敵することになります。なお、同じ程度の傷害でも、未婚の女性の顔に後遺症を残せば、男子の場合より被害が大であると考えられています。

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被害の大小とともに、量刑にもっとも大きな影響を及ぼす事由となるものは、加害者の過失の態様、程度です。従前は、ややもすると、結果としての被害の大小ばかりが重視され、加害者の過失の大小については軽視されてきました。しかし、事故の形態が同じ横断者の致死事件であっても、運転者が対面する赤信号を無視して暴走したための事故もあれば、被害歩行者が対面する信号が赤であるのにあえて突っ走ったために起きる事故もあります。つまり同形態の事故でも、その内容には雲泥の差異がありましょう。どんな場合でも、被害が同じならば、処罰も同じというのでは、交通法規があっても、全く意味をもたなくなります。最近、従前のいわゆる結果主義に対して厳しく反省され、裁判所や検察庁が、被害の大小とともに過失の大小を重視するようになり、「重かるべきは重く、軽かるべきは軽く」処罰するようになりつつあることは喜ぶべき現象といえましょう。そこで、その過失の内容が、無免許運転とか酒酔い運転、信号無視、法外なスピード違反、ムリな追越し違反など、その行為自体きわめて危険性のある行為にもとづくときは、かりに被害が小さくても、威罰を加えられ、その反面、加害者の行為に多少の慎重さに欠ける点があったとしても、事故の原因の大半が被害者側の重大な過失にもとづくような場合には、たまたまその被害が大であっても、軽い処罰によってまかなわれることになるわけです。
一般的にいえば、自動車運転者としてもっとも基本的な注意義務を怠ったとき、結果予見可能性や結果回避可能性の多いときは、過失が大きくなり、その反対の場合には過失が小さいと判断されます。
交通事故の特殊性として、加害者の事故の前後の行動が重視され、時により量刑に重大な影響を及ぼします。その最大なものがいわゆるひき逃げです。ひぎ逃げについては、通常、道路交通法違反の罪名で併合罪として起訴されていますが、実質的にはいわゆるヒットエンドラン的な犯罪として、一連の悪質犯罪として考えられています。これは交通事故それだけなら、車を運転する以上だれでもひき起こす可能性がありますが、ひき逃げは起こすまいとすれば絶対に起こさないですかことができるからです。しかもその行為は何人も憎む反人倫的なものですから、社会的人格の端的な表現としてその悪性を認められてしまいます。したがって、被害者側にかなりの過失があり、直ちに救護の措置をとっておれば、とうぜん執行猶予、場合によっては罰金刑で足りると思われるような事件であっても、ひき逃げをしているばかりに実刑を言い渡されているような場合も少なくありません。
以上述べた被害の大小・過失の多寡、その他の事由によって、事件によっては、どうしても実刑を免れない場合もでてきます。しかし、この場合でも、被害者に対する慰謝等十分にして情状をよくしておくことは大切なことです。同じ実刑でも、それだけ情状がよくなり刑が短期になることはまずまちがいありません。

交通事故での業務上の意味/ 自転車による事故の刑事責任/ 運転手の過失の認定/ 交通事故の被害者側の責任/ 同乗者の過失による事故/ 信頼の原則と危険の負担/ 交通事故の因果関係/ 過労による居眠り運転の事故/ 緊急避難での事故/ 会社から強制された疲労運転による事故/ 無免許運転の幇助と教唆/ 交通事故の捜査/ 交通事故を起こして逮捕された場合の措置/ 事故や交通違反の取調べに対する心構え/ 交通事件での黙秘権と供述拒否権/ 示談書の刑事的効果/ 不起訴処分に不服のあるとき/ 刑事裁判の手続き/ 刑事裁判を受けるときの準備/ 調書の否認/ 交通事故の証人、参考人の出頭/ 即決裁判と略式裁判/ 略式命令と不服申立/ 判決に不服のあるとき/ 刑の執行/ 執行猶予/ 再審/ 同一事件について二重に処罰されたとき/ 故意犯と過失犯/ ひき逃げになる場合/ 警察官の交通取締り/ 交通切符/ 運転免許の取消しと停止/ 運転手の雇用者の処罰/ 無免許者に運転させた雇主の刑事責任/ 好意運送による事故/ 責任共済/ 自動車保険約款の免責事項/

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