交通事故の被害者側の責任

交通事故については、自動車運転者のほか、被害者に過失が認められる場合が少なくおりません 否、交通事故は、むしろ加害者、被害者双方の過失の競合によって起こる場合がほとんどといっても過言ではありません。少なくとも、全事故事件の八割以上が運転者と被害者との過失の競合で起きたものであり、運転者のみの過失または被害者のみの過失による事故は、それぞれ一割に満たないのが実状です。
しかし、運転者にとって銘記しなければならないことは、たとえ被害者側に競合的に過失があったとしても、それは決して運転者の過失責任を否定するものではないということです。もちろん、運転者側に全く過失のない場合には、いわゆる不可抗力として責任はありませんが、運転者側に過失が認められるかぎり、いかに被害者側に大きな過失があったとしても、それがため運転者の過失がゼロになるというものではありません。刑法上においては、民法の場合とは異なり、過失相殺の観念は一般に認められていません。

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判例をみてみますと、たとえば、被害者との過失の競合した事件につき、「車道を通行せんとする公衆は、自動車の進行を認めたときは、適宜之を避止し、衝突の危険を予防し、其の進行を容易ならしめ、以て快速力を有する交通機関としての其の機能を発抑せしむることに留意すべきは固より論を僕たずといえども、自動車操縦の業務に従事せる者は、常に其の進路の前方を警戒し、危害を未然に予防するには細心の注意を払い、交通の安全を図るは業務上当然の義務にして、危険が其の不注意に因り発生したる場合、通行人の不用意に籍口して其の責を回避することを得べきものに非ず」と判示しておりますが、これと趣旨を同じくする判例も少なくおりません。一般的にいえば、そもそも被害者側の一方的過失と認められるような事件は、すでに検察庁でふるいがかけられ、不起訴なり、あるいは罰金の略式請求となりますから、公判請求になった事件では、被害者側の一方的過失を認めたような事例はほとんどないといってよいでしょう。
このように、いったん公判請求されると、被害者側の一方的過失、したがって被告人側からすれば不可抗力の主張は、なかなか受け入れられないのが普通ですが、執行猶予や量刑上には、もちろんかなりの影響があります。特に、事故発生の主因が被害者側の過失にもとづく場合には、執行猶予が付されるのが普通といってよいでしょう。ただ、被告人が無免許、酒酔い運転やひき逃げをしたり、交通事件の前科を何回も重ねたりしていますと、たとえ事故発生の主因が被害者側にあっても実刑を課せられるようなことになります。
ところで、現今では、検察庁では、結果 主義の考えをもたず、過失の有無を非常に重視するようになりましたから、被害者偏の過失が事故発生の主因のような場合には、前述のような悪質違反のないかぎり、おおむね略式請求によって罰金刑ですますのが普通のように思われます。この点、往年にくらべて、考え方が非常に進歩してきたといわなければなりません。今後ますますこの傾向は強化されると思いますが、運転者側からすれば、交通規則を遵守し安全運転を心がけさえすれば、万一不幸にして事故を起こした場合でも、重罰に処せられることはないという保証のもとで、安心して仕事に励めるような時代をつくりあげてもらいたいものです。その代わり、安全運転をしなかったための事故に対しては厳罰に処せられることもまた覚悟すべきです。このようにして、運転者側も歩行者側も交通道徳をよく守る風潮を高め、少しずつでも交通事故をなくすように努力すべきでしょう。この意味でも、加害者、被害者の過失の有無、程度については、さらに科学的、合理的な方法によって、十分検討が加えられることが望ましいと思います。特に、運転を職務とする人たちにとって、ことは生活権の問題であり、その人の生涯の浮沈をきめる重大事です。他人事視すべきことではありません。関係者がこぞって、ともに検討しようではありませんか。

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