刑事裁判を受けるときの準備

交通事故事件を起こし、公判を請求された場合の準備としては、通常、つぎのような事項が考えられます。
公訴が提起されますと、必ず裁判所から被告人宛に起訴状の謄本が送達されてきます。この送達は、公判期日前にあらかじめ起訴事実の内容を知らせ、これに対して被告人に攻撃、防禦についての準備をさせようという趣旨です。したがって、被告人の準備としては、この起訴状を検討することから始めます。
まず、起訴状の公訴事実をよく読んでみましょう。事実と間違っている点はないか。たとえば、犯罪の日時、場所、事故当時の状況、過失の内容、被害者の傷害の程度など。特に、その事件で、被告人が運転者としてどのような注意義務を課せられているか、また、どういう点が過失とされているかなどを十分検討してみます。その間に理論的、科学的に不合理はないか、あるいは真実と食い違う点はないか、種々検討していきますと、誤りや矛盾を発見することが少なくおりません。
つぎに、罰名、罰条を調べます。通常の場合は業務上過失致死(または致傷)罪ですが、場合によっては重過失致死(または致傷罪)であったり通常の過失致死あるいは過失傷害の場合もあります。これらのほか、無免許運転、酒酔い運転および、ひき逃げがある場合には、業務上過失敗死傷罪の併合罪として起訴されているのが普通です。なお、事故態様が悪質なものになりますと、殺人罪、故意の傷害致死罪または傷害罪、保護責任者遺棄罪などの重い罪名によって起訴されている場合もあります。これらの罪名・罪条が事故事件の場合にはたして相当であるかどうかも検討しなければなりません。

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つぎに、弁護人を選任するかどうかについて検討決定することです。裁判所から起訴状謄本が送達されるとき、通常「弁護人選任に関する通知」という書面がきますから、それをよく読んで、この通知書に示されている日限までに通知書添付の回答書に必要事項を記載して回答しなければなりません。
ところで、弁護人を選任しないと公判審理を受けられないかといいますと、必ずしもそうではありません。法律上は、法定刑が死刑または無期もしくは長期三年を超える懲役もしくは禁固である事件について、これを必要的弁護事件とし、弁護人なしで公判審理を行なえないことになっています。これは犯罪の重大性に鑑みての規定ですから、もし貧困その他の事由によって弁護人を選任することができないときは、裁判所に国選弁護人選任の請求をし、その費用を支払うことができなければ、裁判確定後二〇日以内に費用の執行免除を申し立てればよいのです。
交通事故の場合は、通常、業務上過失致死傷罪または重過失敗死傷罪で起訴されます。
起訴状の公訴事実が真実でないとか、その他裁判で争う場合には、反証やさらに進んで被告人に有利な証拠の有無、程度を検討する必要があります。その手始めとして普通行なわれるのは、捜査機関の収集した証拠の閲覧です。これを閲覧すれば、検察側の主張する証拠がすべてわかりますから、これをよく読み、また必要があれば許可を求めて謄写します。この検察側の証拠のなかにも、被告人に有利な証拠や場合によっては反対証拠を提出して争う余地のある事実を発見することもあります。そして、この証拠のなかでも、特に警察や検察官の作成した実況見分調書または検証調書を十分検討する必要があるのです。閲覧する場合には、検察庁に出頭して、検察官の許可を受けたのち、庁内の記録閲覧室で閲覧すればよいわけですが、できるかぎり弁護人に依頼してやってもらうようにします。
つぎに、検察側の立証証拠とは別個に、被告人側からみた独自の有利な証拠の収集および保全を図らなければなりません。捜査機関は、その職責上どうしても被告人側に不利益な証拠の収集に努力する嫌いがありますので、被告人側に有利な証拠については丹念に調べてくれないものです。たとえ、同じ目撃者の参考人を取り調べるにしても、被告人に不利益な供述のみを縁取し、利益となる供述を縁取しない場合があり、時には捜査官の誘導によって事実が曲げられて供述させられている例も少なくありません。したがって、被告人側としては、検察官側の立証に含まれていない証拠についてはもちろん、含まれているような場合でも、その内容をよく検討して、真実をつきとめる努力をする必要があります。このようにして被告人側として主張を裏づける証拠がためをしておきましょう。立証のない単なる主張では裁判官は認めてくれません。
なお、被告人や弁護人については、捜査官のもっている強制捜査ができませんから、収集できない場合は裁判官に保全処分を行なってもらうほかありません。しかし、この証拠保全の請求ができるのは、あらかじめ証拠を保全しておかなければその証拠を使用する困難な事情があるときで、第一回の公判期日前にかぎられています。たとえば、証払物が散逸滅失してしまうおそれがあるとか、被害者が重傷ではたして公判期日まで生きのびられるかどうかわからないときとか、海外に旅行 に行ってしまうようなときとかいう場合です。この証拠保全は、押収・捜索・検証・証人尋問・鑑定の処分などです。この処分に閲する書類および証拠物は、後日裁判官の許可を受けて閲覧することができます。ただし、弁護人があるときは許されませんが、弁護人は、裁判官の許可があれば、閲覧だけでなく、謄写することもできるようになっています。
以上の検討を終わったら、公訴事実を認めるか、否認するか、それとも一部否認するとか、どの点を争うか、どのようなことを主張するか、それとも情状酌量の点に全力を尽くすかなどについて検討を加え、最終的な法廷対策を決定するようにします。信頼のおける弁護人と十分打ち合わせることが大切です。
外国人は、被告人の権利意識が徹底していて、公判廷で公訴事実を認めることは、ほとんどないようですが、日本では道徳観念が強調されるためか、否認することは、一般にその人間の悪性を証明するかのような認識をもたれるようです。つまり改悛の情がないと悪く思われがちです。しかし、否認することは、必ずしも道義観念に薄いとか、改悛の情がないということとは一致するものではなく、少なくとも真実と異なる以上それを否認するのが当然ですし、事故の発生を遺憾に思ったり、被害者に気の毒に思うなどの表明は、事実そのものに対する考え方や評価とは別個のものです。
しかし、日本の裁判では、よほどしっかりした反証のないかがり、事実を認めて争わない方が否認して争うよりも有利であることは、遺憾ながら事実のように思われます。裁判所は、否認したり争ったりしても、そのことによって被告人に不利な判決をくだすことはしないことになっていますが、少なくとも、そのことで有利な取扱いを受けることは絶対あり得ないのです。したがって、事実を認め改悛の情を示していればそれが有利な情状となり執行猶予になった事件が、否認し争ったがために、その有利な情状が欠け、そのために実刑になることもあるのです。この観点からすると、純法律的には、否認して争うことはどんな場合でもできますが、実務上は、いたずらに否認し争うことは不利であるといわなければなりません。しかし、反面、争っては不利と思い、争うべき事実やその証拠があるのにあえて争わず、事実を認めて改悛の情を示しだのに、執行猶予の恩典が受けられないような場合もあります。その場合、控訴して争うことになりますが、第一審ではなんらの主張も反証も挙げていないときには、控訴審で争いたくても、主張や立証の制限上その争いは非常に難しくなってしまいます。したがって、犯罪の事実と証拠との関係を十分に検討して、最上の策をとる必要があります。この判断は、非常に難しいものですから、よく弁護士と相談されることが肝心です。

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