刑事裁判の手続き

公判は、公判期日に公判廷で裁判官および裁判所書記官が列席し、検察官が出席して審理されます。被告人は、軽微な事件など特殊な場合を除いて、必ず出席しなければなりません。弁護人は、必要な弁護事件の場合はもちろん、そうでない事件の場合も私選または国選の弁護人が立ち会って開廷されるのが普通です。
裁判は、開廷にあたり、定位置に着席したとき、いわゆる事件の呼上げ、つまり「これより公判を開廷する。被告人○○に対する業務上過失致死被告事件について審理する」旨 を宣します。
この事件の呼上げ後、いわゆる人定質問をします。これは、被告人に対し人違いでないかどうかを確かめるためで、氏名・年齢・職業・住居・本籍地・出生地などを問われるのが普通です。
つぎに、検察官は、起訴状を朗読します。被告人・弁護人は、その起訴状に記載してある内容について、意味が不明であったり、趣旨が明らかでない場合などには、検察官に釈明要求をすることができます。たとえば、共謀事件における共謀の日時・場所や、二罪以上の記載のときそれが包括一罪か処断上の一罪か、それとも併合罪か不明のようなとき、意味の不明確な文字があるような場合、これを明らかにしないと被告人側としては防禦の方法が構ぜられないので、その内容を明示してもらうわけです。

スポンサーリンク

起訴状の朗読が終わると、裁判長は、被告人に対し黙秘権など訴訟法上の権利を告知します。普通の場合は、「被告人は、この法廷で終始沈黙し、または裁判所、検察官および弁護人の個々の質問に対して陳述を拒むことができます。陳述することもできるが、陳述すれば、被告人にとって不利益な証拠ともなり、利益な証拠ともなります」というような告示の仕方をしています。このほか、丁重な裁判官によっては、被告人の保護のための権利を説明しているものもあります。たとえば「被告人は訴訟法上認められた権利として、証拠の請求権とか証人尋問権、証拠の証明力を争う権利、証拠調べまたは裁判長の処分について異議を述べることなどもできるから、そのつど申し出ればよい」とよく説明してくれる人もあります。いずれにしても、被告人には、告知されたような権利があるのですから、もちろんこれを活用してさしつかえありません。ただ、日本においては、黙秘権を行使する被告人に対しては、あまりいい感情をもたれていないのが実情のように思われます。したがって、よく弁護人と協議されることを望みます。
つぎに、裁判長は、被告人および弁護人に対して、その被告事件について陳述する機会を与えなければならないことになっています。その趣旨は、まず被告人に対して事件そのものに対しての概括的な機会を与え、主張・弁解・抗弁などをなさしめるためのものですが、実際には公訴事実の認否をさせて争点を明らかにする意味をもっています。そこで実務上は「認否手続」とも呼ばれています。
この手続は、裁判長が陳述の機会を与えれば足り、必ずしも被告人および弁護人が現実に陳述することは必要ではありませんが、実際には必ず陳述しているのが普通です。たとえ否認の場合でも、客観的に争う必要のない事実もありますから、どの点は争う、どの点は認めるというように、公訴事実の記載にしたがって一々わかりやすく述べるのがよいでしょう。
なお、この際、訴訟条件の欠陥、たとえば管轄違い、移送、起訴状の送達・召喚状と期日との猶予期間などに関する異議申立て、などはこの機会にしなければなりません。ことに管轄違いおよび移送の申立ては、この機会までにしなければもはや許されませんから注意が肝要です。
この認否手続が終わりますと、裁判長が証拠調に入る旨を宣告します。ここで、検察官のいわゆる冒頭陳述が始まります。この冒頭陳述とは、検察官が証拠によってこれから証明しようとする事実を述べることです。これは、起訴状しか見ていない裁判官に事件全体の概略を知らせるとともに、被告人に対してもどのような事実が立証されようとしているかを知らせて、防禦権を行使するのに遺漏のないようにするものです。したがって、被告人側としては、それをよく聞いて、被告人側の立証や陳述に役立てる必要があります。しかし、事件が比較的単純な場合、被告人の自白している場合、または被告人が争わない場合などの場合には、簡略に、あるいは抽象的に述べてもさしつかえありませんし、また事件によっては適宜公訴事実を引用したり、冒頭陳述に代えて個々の立証趣旨を陳述するだけでもよいとされています。したがって、この冒頭陳述が事実上省略されて、後述の検察官の証拠調の請求になることも往々見られることがあります。
つぎに、裁判所 は、被告人側に対し証拠調の初めに証拠により証明すべき事実を明らかにすることを許すことができることになっていますので、被告人側に主張すべき事実があるときは、この際陳述することになります。たとえ公訴事実を争わない場合でも、情状に関する事実をこの際陳述することができます。
検察官の冒頭陳述、場合によっては被告人側の冒頭陳述が終わると、引き続いて検察官が証拠調の請求をします。つまり、検察官は、まず事件の審判に必要なすべての証拠について証拠調の請求をしなければならないことになっており、実務上これを証拠申請といっています。
証拠方法には、人的証拠(証人・鑑定人)、物的証拠(証拠物・現場検証)、および書証(実況見分調書・診断書・参考人供述調書)などがありますが、通常の場合、検察官としては最初から証人申請を行なうことを避け、書証および物的証拠の申請のみを行ない、被告人側が書証について同意しなかったとき、始めて証人申請をするのが普通です。もっとも当初から不同意がわかっている場合には、初めから証人申請する場合があります。
書証とは、捜査の過程で作成または収集された証拠書類で、交通事件の場合、おおむねつぎのようなものです。
警察官または検察官の作成した実況見分調書あるいは検証調書。警察官または検察事務官の作成した事故発生報告書その他の捜査報告書。医師または監察医の作成した診断書あるいは死体検案書。専門家の作成した各種鑑定書。被害者・同乗者・目撃者・被告人または被害者の家族・事業主等の供述録取書あるいは供述書(上申書)また、証拠物としては現場写真、加害または被害車両あるいはその部分品。事故現場の遺留物件。があります。
この証拠書類について、被告人は、同意・不同意の別を、証拠物については異議の有無を述べることになります。証拠書類はいわゆる伝聞証拠ですから、法は、原則として証拠能力を認めませんが、被告人が同意意見を述べると、反対尋問権を放棄したものとみなされ、証拠能力をもつので、書証は必ず裁判以前によく読んで慎重に同意するかどうかを決めなければなりません。しかし、不同意の意見を述べたため被害者が証人に立った結果、被害の状況がよりはっきり顕出されて裁判官にかえって悪い心証をもたせることも少なくおりませんから、そのへんの事情を十分考慮した方が得策といえましょう。なお、同意しても、それは反対尋問権の放棄を意味し、いわゆる証拠能力が付与されますが、証拠の信憑力があることを認めたということではありません。同意証拠でも、それが信憑力のないことを主張することは少しもさしつかえないことです。
つぎに、被告人または弁護人は、立証のため証拠調を申請することができます。
被告人側がこの機会に通常証拠調を申請する証拠としては、積極的に犯罪事実を否認する主張事実を立証すべき証拠、心神喪失その他法律上犯罪の成立を妨げる事由に関する証拠、刑の減免の事由に関する証拠、犯罪の情状に関する証拠などです。もちろん、この機会でなくとも、後に追加的または反証的に証拠調を請求でぎます。
また、この手続の際、必要があれば、検察官手持ちの証拠書類、たとえば、事件送致書、逮捕状請求書、逮捕手続、勾留処分請求書、少年事件送致・返送手続書、差押、捜査手続書、供述調書などの提出を検察官に求め、これに応じないときは裁判所に提出命令を申請することができます。
この被告人側の証拠調に対し、検察官が意見を述べることはもちろん可能です。もし検察官が単に「異議あり」とか「不必要」と陳述したと きは、その理由について釈明を求めるべきです。
当事者が証拠調を請求したときは、裁判所は、相手方の意見をきき、証拠調を施行する旨の決定またはその請求 を却下する旨の決定をしなければなりません。もし、この決定に対して不服のあるときは異議の申立てができますが、その異議の決定に対してさらに異議または抗告を申し立てることはできません。
裁判所が独自の判断で職権による証拠調を決定する場合にも当事者双方の意見をきかなければなりません。この場合にも異議の申立てができますし、場合によっては裁判所に対し忌避の申立てもすることができます。
その証拠調の決定後、裁判所は、当事者双方に対し意見をきき、証拠調の範囲、順序および方法を定めます。これは訴訟の迅速円満な進行をはかるためですから、被告人側も協力しなければなりません。
それから証拠調が始まりますが、その方法は、当事者主義、直接主義という現行法の要請から、当事者が積極的に請求した証拠を裁判廷で直接取り調べるのが建て前です。方式としては、人的証拠 、証拠書類、証拠物、および証拠物申書面の意義が証拠となるもののそれぞれの証拠調があります。
証人などの証拠調は、法律上は、まず裁判長または陪席裁判官が最初に尋問する建て前になっていますが、当事者が先に交互尋問をし、裁判官はこれに補充的に尋問しているのが実際です。この場合、その証人等を申請した側の当事者の方が先に質問し、相手方が反対尋問をします。また、証人の証言がすんだ後、裁判長は被告人に対し反対尋問の機会を与えますから、被告人自身証人に尋問することができます。
証人に対し主尋問する者は原則として誘導尋問は許されません。反対尋問では誘導尋問することができますが、主尋問の範囲内でする必要があります。
証拠書類の証拠調は、その取調を請求した者が朗読することを原則としていますが、煩雑なときは、相手方の同意を得て朗読に代えてその要旨を告げるだけでも足ります。図面・写真などは関係人に展示することになります。
交通事故の証拠調で最も重要なものは、事故現場の検証でしょう。捜査官の作成した「実況見分調書」では記載に誤りがあったり不十分であることが少なくないからです。しかし、申請するには、いかなる必要性があるかを明らかにしないと、裁判所が採用しないことがありますから、その目的・内容をはっきりさせなければなりません。また、交通事故事件では、鑑定の申請も多いようです。たとえば、被害者の死因とか打撲の部位、程度、スリップ痕による速力の判定などです。この場合にも、その目的を明らかにし、特に検察官から鑑定書が出ている場合には、その鑑定書の誤りとか、信憑力のないことを明示するようにします。
証拠調の終わった証拠書類または証拠物は、遅滞なくこれを裁判所に提出しなければなりません。もっとも、証拠調の際などにすでに裁判所の占有に属する書類または証払物については、あらためてその提出を要しないことはいうまでもありません。この証拠書類または証拠物の提出については、裁判所の許可によって原本に代えて謄本を提出することが認められています。
以上証拠調が終了したとき、検察官は事実および法律の適用について意見を陳述しなければなりません。論告の内容は、事実の認定に関する事項のほか、情状に関する事実、法の適用および求刑です。
検察官の最終陳述が終わると、被告人および弁護人から意見を陳述できます。この被告人のための弁版権は、人によっては自然権または絶対権であるというほど重荷な機能ですから、軽視してはなりませんが、いかに大弁論をしてもこれにともなう立証が尽くされてなければ何にもなりません。被告人が事実を争っているときには、弁論は犯罪の成否ないし証拠の証明力に重点がおかれ、事実に争いのないときには、情状に重点がおかれます。
最後に、被告人に対して、いわゆる最終陳述をする機会が与えられます。この機会に、被告人として裁判所にきいてもらいたいことや現在の心境などについて述べることがあれば、述べることができます。何も陳述することがなければ、陳述しなくてもさしつかえのないものです。
以上の最終陳述が終わると、裁判所は審理を終結し、引き続いて判決をするか、判決の言渡期日を定めて結審します。二週間から一ヵ月ぐらい後に言渡しをされるのが普通です。裁判所は、公判廷に提出された一切の証拠をめんみつに検討し、自由な判断をもって有罪または無罪の判決を言い渡します。有罪の場合、刑の種類および量が言い渡されます。検察官の求刑には拘束されませんが、一般にはこれよりやや低めの刑の言渡しを受けるのが統計上明らかですが、稀には求刑以上の刑を宣告されることもあります。

交通事故での業務上の意味/ 自転車による事故の刑事責任/ 運転手の過失の認定/ 交通事故の被害者側の責任/ 同乗者の過失による事故/ 信頼の原則と危険の負担/ 交通事故の因果関係/ 過労による居眠り運転の事故/ 緊急避難での事故/ 会社から強制された疲労運転による事故/ 無免許運転の幇助と教唆/ 交通事故の捜査/ 交通事故を起こして逮捕された場合の措置/ 事故や交通違反の取調べに対する心構え/ 交通事件での黙秘権と供述拒否権/ 示談書の刑事的効果/ 不起訴処分に不服のあるとき/ 刑事裁判の手続き/ 刑事裁判を受けるときの準備/ 調書の否認/ 交通事故の証人、参考人の出頭/ 即決裁判と略式裁判/ 略式命令と不服申立/ 判決に不服のあるとき/ 刑の執行/ 執行猶予/ 再審/ 同一事件について二重に処罰されたとき/ 故意犯と過失犯/ ひき逃げになる場合/ 警察官の交通取締り/ 交通切符/ 運転免許の取消しと停止/ 運転手の雇用者の処罰/ 無免許者に運転させた雇主の刑事責任/ 好意運送による事故/ 責任共済/ 自動車保険約款の免責事項/

       copyrght(c).道路と交通の豆知識.all rights reserved

スポンサーリンク