交通事故の因果関係

私は原動機付自転車に乗って進行中、前を追っていた自転車にふれ、後から押したかっこうになりました。そのため自転車はフラフラして道路の右側部分に入り倒れました。その自転車の人は直ぐ立ち上がろうとしましたが、そのときあいにく反対方向からトラックが走ってきていたのであっというまもなくひかれて即死しました。トラックが来なかったら、悪くてもかすり傷ぐらいではなかったかと思います。私は、業務上過失致死罪の容疑で取調べを受けていますが、このような場合、致死罪の責任まで負わなければならないのでしょうか。
これは、いわゆる因果関係の問題です。
この因果関係とは、行為によって一定の結果が発生したことを必要とする犯罪(結果犯)において、実行行為と構成要約的結果との間に存在すべき一定の原因結果の関係をいいます、たとえば、業務上過失致死罪にいう「人ヲ死二致シタ」というためには、人を死に致したというに足る実行行為があり、「それによって」相手の死亡という結果が発生したことを要します。この因果関係の充足によって、始め て業務上過失致死罪は既遂となります。したがって、たとえ相手が死亡したからといって、その実行行為と結果とを結びつける因果関係が存在しなければ、それは単に傷害罪となるに過ぎません、一例をあげますと、交通事故で負傷し病床にあった者が、間もなく死亡したとしても、その死因は事故とは全く関係のない病気で死亡したものならば、その事故による刑責は業務上過失傷害罪であって、業務上過失致死罪とはなりません。

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この因果関係の存否を決める標準については、おおむね次の三説があります。その一は、条件説で、実行行為と結果との間に、前者がなかったならば後者もなかったであろうという条件関係さえあれば、刑法上の因果関係があるとするものです。その二は、原因説で、結果に対する条件のうち有力重要な影響を与えたものだけを結果に対する原因とし、これによって因果関係を認めようとするものです。その三は、相当因果関係説で、行為の際に行為者が認識していた事情と通常人が認識しえたであろうという事情とを基礎として、通常その行為からその結果が発生することが相当だと認められるときに刑法上の因果関係の存在を肯定するものです。
条件説は、因果関係の範囲が無制限に拡大されるおそれがあり、原因説は、その合理的な原因の選択が困難であるため、最近の定説は相当因果関係説が有力ですが、判例は、大審院以来一貫して条件説をとっています。たとえば、被害者の固有の疾病が結果発生の共同原因になった場合、判例は、歩行者のなかには病弱者がいるのは常在の事実であり、決して異常の事態でないという事情を基礎とし、このような場合に加害者の過失行為と被害者の死亡との間に因果関係を認めました。もっとも、近時下級審のなかには相当因果関係説をとる例も現われるようになってきています。
ところで、本問の場合、条件説による場合はもちろん、相当因果関係説によっても、因果関係があると判断されるのではないかと考えられます。かりに、原動機付自転車が、被害車両である自転車に軽く触れたものであれ、現在のような車両の往来はげしい日本の交通状況では、きわめて危険な行為であり、また、後方からの突然のショックのため自転車がハンドルをとられてフラフラして道路の右側部分に入ったり、はずみで倒れたりすることは、通常認識できることです。したがって、本件の場合、業務上過失致死罪は免れないでしょう。実務上もそのように取り扱われているのが実状です。
そして、トラックの運転者に対しては、自転車が道路右側部分に進入した状況により、その結果予見および結果回避可能性がないかぎり嫌疑なしとして刑責を問われません。つまり、自転車がトラックの進行直前で道路の右側部分に入り、トラックの運転者が急ブレーキ、急ハンドルなどをとっても、どうしても避けることができない状態にあったならば、トラックの運転者には刑事責任はなく、もっぱらあなたが責任を負わなければならなくなります。これに対して、トラックが急ブレーキを踏めば間に合ったのにぼんやりしてその措置に遅れてしまったような場合にには、あなたとトラック運転者との共同による過失致死事件として取り扱われるでしょう。また、そんな瞬間的な事故ではなく、しばらく時間がたってからトラックの運転者が被害者をひいたようなことであるならば、あなたは単に業務上過失傷害罪を問われるだけで、致死罪はトラック運転者が負わなければならなくなると思われます。
このほか、行為者の過失行為と結果との間に、被害者自身の過失行為あるいは単なる反射的動作が介在したような場合にも、判例は、因果関係を認めるのが普通です。たとえば、自動車が家屋に激突した際、屋内にいた者が衝撃に驚いて逃げ出そうとして転倒し、ちょうど激突の衝撃によって台所の棚から床の上に落ちたびんの破片に膝をついて負傷したような場合には、自動車を家屋に衝突させた運転者の過失行為と被害者の負傷との間には因果関係が認められることになります。
また、自動車が自転車に衝突しそうになり、自転車の操縦者が驚愕、狼狽、恐怖のあまり反射的に自転車から飛び降りて転倒し負傷したような場合は、その具体的状況からみて全く飛び降りの必要性が認められないかぎり、このようなことは通常予想しうるところですから、被害者のこの種の行 為や動作が介在しても、運転者の過失行為と被害者との閲には相当因果関係が認められることになるでしょう。

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