運転手の過失の認定

過失とは、日常語としては、不注意をすることによって何か好ましくない結果を生じた場合に用いられているようです。法律上も究極的には変わりありませんが、もう少し威密な意味に用いられています。判例によれば、「過失犯ハ、行為ノ結果二付キ認識シ得ベク、シカモ認識スルコトヲ要スルニ拘ラズ其義務ニ違背シ、注意ヲ欠キタルガ為メニ之ヲ認識セズ其結果ヲ生ゼシメタルコトニ因リ成立スル」と述べられています。簡単にいえば、過失とは、注意を欠いたため事実を認識しないことをいうことになりましょう。
そこで、これを裏返しにいえば、過失犯が成立するためには、もし注意さえするならその事実が認識できる場合でなければなりません。注意をしてもその事実を認識できないという場合であるならば、過失犯は成立しないことになります。つまり、過失犯の成立には、注意義務が前提となります。
注意義務は、通常、これを大別して、結果予見義務と結果回避義務とに分けて論ぜられています。もっとも、予見義務は、回避可能な結果を予見すべき義務で、両者は表裏一体の関係にあります。予見可能性も結果回避可能性もない場合であるならば、それはいわゆる不可抗力となり、過失とはなりません。

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予見可能性は、具体的な個々のケースの状況のもとで考えられなければなりません。抽象的、一般的にこれを論ずることは誤りです。たとえば、自動車を運転する行為は、抽象的にいえば、人の死傷という結果を発生させる可能性があります。もし、このような抽象的な予見可能性で足りるということになりますと、運転者は、事故をひき起こしたかぎり、予見可能性つまり予見義務のあることが認められてしまい、有罪を免れることは絶対に不可能となってしまいます。したがって、このような抽象的予見可能性をもって論ずることは相当ではないということになります。注意義務は、あくまで具体的でなければなりません。たとえば、その道路は左右の見とおしの悪い交差点であるから、徐行、一時停止などにより安全を確認しないで通過する場合には、交差する左右の道路から人や車が進出してきて、衝突する危険が予見されるというように、具体的な予見可能性のあることが必要です。また、よくある例で、露地からボールが飛び出してきた場合には、その後を追って子供が道路に飛び出てくる可能性があるから、直ちに急停車しなければ衝突することになるかも知れないという結果が予見できるでしょう。
しかし、具体的な予見可能性があれば、いかかる場合にも予見義務が発生するかといえばそうではありません。たとえば、対面する信号機が青である場合でも、交差する左右の道路から、これを無視しあるいは不注意によってこれに気づかないで交差点に進入してくる通行人や車両のあることも往々にしてあることです。したがって、交差点前で一時停止してこのような者がいないかどうかを確認しないで、そのままの速度で交差点を通過するときは、信号を無視して左右の道路から飛び出してくる人や車と衝突することのあることも予見できないことではありません。しかし、このような予見可能性を、すべて注意義務として認めることになりますと、すべての運転者は、青信号の場合でも必ず一時停止して安全を確認しなければならなくなり、信号機設置の意味がなくなるばかりでなく、自動車の高速度交通機関としての役割は全く無視されることになります。このような場合は、いわゆる「許された危険」の範躊にある行為として、あるいは「信頼の原則」や「危険分配の法理」により、予見義務の範囲にはないと論ずべきであると思います。
実務上しばしば問題となるのは、被害者の、路地、物かげ、歩道上などからの突然の飛び出し、先行車両の突然の左右折、並行車またはすれちがい車両のある場合における車の直前、直後の横断、連続した多数の駐車車両の隙間からの安全不確認による横断、突然の車両故障による暴走などです。これらの各ケースについては、具体的な個々の状況が明確にならなければ、その結論を出すことはできません。予見可能性の有無は、具体的な 状況によるものですから、その前提である事実関係が明白にならなければならないからです。
この結果回避義務は、予見義務と異なり多種多様の類型を含みます。学者によってその分類もさまざまですが、大別すると、具体的な結果予見以前の結果回避義務と、予見後における結果回避義務とに分けられます。前者は、抽象的に危説な結果が予見される場合にこれを避ける義務です。その典型的なものは酩酊、居眠り、過労などによる運転です。このような心身の異常のある状態の場合には、正常に回復するまでは運転をしてはならない義務があります。また、人通りのはげしい場所における未熟運転や故障・不整備車両の運転も、同じく結果回避義務に反することになります。
予見後の結果回避義務としては、予見した危険にあらかじめ備える準備義務と目前の危険を直接避ける緊急義務とに分かれます。前者の例としては、幼児の一人歩きを発見した場合に直ちに徐行していつでも急停車できる措置をとるとか、横断中の老人を見たらあらかじめ減速して警笛を吹き鳴らして待避させるとか、前車が道路を変える状況をみて取ったらその車両の前方の交通状況に注意するといった措置の類いです。タクシーの運転手が技術的にはすぐれたものをもっているのに比較的事故の発生率が高いのは、この準備的な結果回避義務を尽くさないためです、後者の例としてよ、いうまでもなく急停車または急ハンドル操作をすることです。
このような結果回避義務がありますから、狭い道路や人通りのはげしい道路では、その道幅に応じてあらかじめ減速しなければなりません。また、車のすれちがいのときも、道路の状況によってはあらかじめ減速する義務があります。特に夜間、対向車に眩惑された場合には、然りといえましょう。学者によっては、「危険な状態における用心深い態度」とか「熟考義務」などといろいろいわれていますが、危険はできるだけ早期に措置をとる必要があります。運転者のなかには、回避義務とは急ブレーキをかけることだと思っている人がいますが、誤解もはなはだしいといわなければなりません。

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