交通事故での業務上の意味

自動車運転によって人身事故を起こしますと、通常、業務上過失犯としての責任を問われます。このことは、その運転者が職業運転手でなくても、また職務上の運転中 でなくても同じです。たとえば、無職の人が娯楽のためにドライブ中事故を起こしても、業務上過失犯となることには変わりありません。それはなぜかといいますと、刑法二一一条にいう業務とは、職業とか営業とかいうこととは全く無関係であるからです。
それでは、これに従事することによって一般人に業務者という身分を帯びさせる業務とは、一体どういう意味でしょうか。従来の判断を総合しますと、業務とは、社会生活上の地位にもとづいて、反復継続の意思ないし目的をもってなされる定型的危険性のある事務をいうことになります。すなわち、業務というためには、
(1) 社会生活上の地位にもとづくものであること。
(2) 反復継続の意思ないし目的をもってなされるものであること。
(3) 定型的危険性のあるものであること。
という三つの要件が必要であり、かつ、これで十分ということになります。自動車による人身事故の場合、普通、この三要件を満たすので、業務上過失犯となるのです。

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「社会生活上の地位にもとづき」というのは、一般的に「社会人としての立場において」とか、「人が社会生活を営む活動類型上の特殊な地位において」というほどの意味です。必ずしもその者の社会生活上の特定の地位、たとえば職業的ないし営業的な地位は必要としません。自動車を運転する行為自体、社会生活上の地位にもとづくものとされるのです。
このように、その運転行為の目的を問いませんから、娯楽の目的の運転であっても、無免許者であっても、本業が他にあって従として自動車を運転するものであっても、それが反復継続されたものであるかぎり業務として認められます。
つぎに、業務であるためには、反復継続意思を必要とします。しかし、反復継続していた事実は必要でありません。たとえば、生まれて始めて単に乗った場合であっても、将来反復継続するつもりで運転したものであるならば、業務の性格を帯びることになります。運転免許の有無は問いませんし、他方免許さえあれば、そのこと自体で反復継続性ありと認められるのが普通です。これに反して、運転免許証もなく、たまたま 運転者の不在中に他から頼まれて断りきれずに自動車を運転した場合や、酒屋の店員がふだんきスクーターや自転車で注文取りや配達をしていたのに、たまたま友人から普通自動車を借り受けて運転した場合などについては、従来自動車を反復継続して運転した事実もなく将来もその意思がないと認められるという理由から業務とされなかった例があります。しかしたとえ業務上過失犯と認められない場合でも、通常、自動車運転の場合、そのような運転行為は多くの場合重過失と認定されますから、その場合には適用条文が同じとなり、量刑には差異は生じません。
最後に、業務であるためには、それが定型的危険性があることを要件とします。自動車を運転する行為が定型的危険性のあることはいうまでもないでしょう。原動機付自転車においても同様です。これに対して、自転車の運転行為については定型的危険性なしとするのが通説です。自転車の場合には、自動車や原動機付自転車の場合と異なってなんら免許を必要としませんし、誰でも、いつでも、どこでも運転することができます。つまり、自転車の運転行為には定型的危険性がないことを国家自体が認めているということでしょう。
つまり、自動車運転の場合は、結局のところ、反復継続性が認められるかぎり、まず文句なく業務であると認定されることになります。
それでは、業務上過失犯の場合は、通常過失犯の場合に比して、どうして刑が重いのでしょうか。学説ではいろいろなことがいわれていますが、一般には、業務上の場合にはそうでない場合よりも特に重い注意義務が課せられているからです。いうまでもなく、自動車は「走る兇器」と呼ばれているように、その運行に非常な危険をともなっています。しかし、その運行を禁止すれば、社会生活は全く麻痺し、国の経済は破壊されてしまうこともあるでしょう。つまり自動車は高度の社会的効用性をもっていますから、法は、それが危険をともなうことを承知しながらもその活動を許容し、他面、このような活動をする者すなわち運転者に対して厳格な注意義務を課して、危険の発生を極力防止しようとしているのです。言換えれば、危険防止についての認識が一般人のそれよりも広く、かつ、危険に直面しての判断が一般人よりも的確であるべきことを期待し、特に重い注意義務を要求しているわけです。そこで、この重い注意義務を尺くさないで、不注意によって人を殺傷した場合、刑が重くなることになります。

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