過労による居眠り運転の事故

私はトラックの運転手ですが、遠距離を日に二往復するため非常に疲れます。一週間ほど前の夜、運転中疲労のうえ暑さも手伝ってついウトウトとし横断歩行者をひっかけて死亡させてしまいました。居眠り運転中で全く気がつかなかったのですが、眠っているときは、心神喪失の状態にあるとはいえないでしょうか。
これはいわゆる「原因において自由な行為」の問題です。
刑法三九条に「心神喪失者ノ行為ハ、之ヲ罰セズ。心神耗弱者ノ行為ハ其ノ刑ヲ減軽ス」という規定があります。つまり、犯罪時に是非善悪を弁識する能力のない者、あるいはこの弁識によって行為をする能力のない者は、責任無能力者として、刑事上の責任を問われませんし、その弁識力の足りない者については、刑を減軽することになっています。この理論は、自動車事故の場合にも適用されますから、いわゆる酒酔いとか居眠りなどによって、一時的にもせよ、心神喪失または心神耗弱に陥り、事故を起こした場合、これが問題になるわけです。
もちろん、ふだんは責任能力者でも、酒酔いや居眠りで何もわからなくなって事故を起こせば、そのかぎりでは心神喪失の状態ですから、その間の行為は刑法上処罰の対象となる行為とはいえません。しかし、この場合でも、故意または過失によって、自らを責任無能力の状態に陥れるような原因をつくり、その原因行為による責任無能力の状態で犯罪を起こした場合には、やはり非難されるのがとうぜんでしょう。これを刑法講学上「原因において自由な行為」と呼び、その故意犯または過失犯の責任を問われることになります。

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したがって、たとえば、自ら酩酊した場合には安全運転ができなくなり、場合によっては心神喪失状態に陥ることを認識しながら飲酒し、泥酔して心神喪失の状態に陥り、自動車運転を開始し、事故を惹起した場合には、事故発生当時責任無能力であったとしても、業務上過失敗死傷の責を負わなければなりません。
このことは、本問のような居眠り運転の場合も同様で、ある判例では、居眠り運転による事故について、「睡眠状態に陥ったのちの動作は、刑法上行為といえないことは所論のとおりであるが、睡気のため正常な運転ができないおそれがあることを認識しながら自動車の運転を継続することは、いわゆる原因において自由な行為としてその結果に対する責任を負わなければならない」と述べて、被告人側の主張を斥けた事例示あります。
なお、特殊な事例としては、病的発作による事故の場合があります。時おり見受けるのは、てんかんですが、以前東京で、突然の睡眠発作と情動脱力発作を主症状とする精神神経疾患である珍しい病気に罹患していた店員が自動三輪車を運転して得意先へ製品配達中、突然睡眠発作に襲われ、意識喪失のまま約五〇メートル運転を継続し、進路前方に停車していた軽二輪車と対向自転車をはねて、死傷させた事例がありました。このような病的発作による事故の場合でも、病気であることを自覚し、そのような病的発作が起こるかも知れないことを承知しながら、あえて運転した場合には、やはり原因において自由な行為の法理が適用され、たとえ事故当時には心神喪失であったとしても、その責を免れることはできません。
ところで、原因において自由な行為の理論は、過失犯の場合には適用が容易で実例も多いのですが、故意犯の場合にも適用があるかどうかは学説でも異論のあるところです。しかし、最近の判例では、要件さえ具われば故意犯の場合にも適用があるとしています。
しかもこの理論は、心神喪失中の犯行のみに止まらず、心神耗弱中になされた犯行についてもその適用は排すべきではないとして、故意犯である酒気帯び運転ないし酒酔い運転による業務上過失致死事件について、この理論を適用した判決があります。すなわち、この控訴審判決は、第一審判決が、犯行時酩酊によって心神耗弱と認むべき状態にあったことを認識しながら、飲酒後自動車を運転しようとの意図をもち、かつ、飲酒により酩酊するであろうことを認識しながら飲酒した結果、高度の酩酊状態に陥って正常な運転ができない状態となって自動車を運転したものだからという理由で、原因において自由な行為の理論を適用して刑法三九条二項による刑の減軽をしなかったことをとうぜんとして、その判断を支持したものです。そして、この判決は、「ことに本件のように配所状態における自動車の運転自体が罪とされる場合において、座所のうえ自動車を運転すべき意図認識の下に飲酒をあえてした結果犯行に及んだとき、酩酊により精神障害を生じたとして刑事責任の軽減を認めるようなことは、その罪の性質にかんがみてとうてい合理的であるとは考えられない」と述べています。

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