緊急避難での事故

私は、自動車を運転中、前方の道路脇を走っていた二人乗りのこどもの自転車が急にハンドルをとられて道路の中央にふらついてきたので、これを避けようとしてハンドルを右に大きく切ったところ、あいにく右側を通行中のおじいさんをひき殺してしまいました。私としてはこどもを避けるためには、あの場合そうするより仕方がなかったと思うのですが、罪を免れることはできないでしょうか。
これはいわゆる緊急避難の問題です。
緊急避難とは、自己または他人の生命、身体、自由もしくは財産に対し法益侵害の危険がきわめて切迫した状態にある場合に、それを避けるためやむことを得ないでした行為のことをいいます。
ところで、緊急避難であるためには、まず、その行為をとるほか他に方法がないことを必要とします。これを普通補充の原則といっています。たとえば、宿直員が同僚宿直員が急病となったので、宿直医をさがしたがおらず、付近の医師に連絡したが来ないし、雇い運転手も不在であったので、同僚の生命身体に対する眼前の危急を避けるということで、やむなく無免許運転をして付近の病院までその同僚を運んだ事件がありました。しかし、裁判所は、その場に居合わせた他の同僚をもよりの医師のもとに走らせるとか、あるいは市内のタクシーを呼ばせる等の措置を講じえたはずだから、無免許運転をすることのみが、危難を避けるための唯一の手段であったとは認め難いとして、その運転者に緊急避難を認めなかった事例があります。

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つぎに、緊急避難は、その行為から生じた害が避けようとした害の程度を超えないことを必要としています。このことを「法益の権衡」と呼んでいます。たとえば、これは駐車違反の事件ですが、自衛隊員が上司の命により隊員である盲腸患者を入院させるため、病院付近に自動車で運びました。その際、患者が車にゆられて苦しそうだったので、同病院付近の賂上が駐車禁止区域に指定されていることは承知しながらも、同人を一刻も早く入院させようとして駐車違反をした事件です。しかし、裁判所は、その場所が駐車禁止区域となっているのは、その病院の患者その他の人の出入が頻繁であり、これらの交通安全の見地からなされている一面があり、しかもこの運転者の行為は、患者の生命、身体に対する危難を避けようとしてやむを得ずなされた行為として、その程度を越えないから緊急避難にあたると判示しました。とうぜんの判決といえましょう。
つぎに、これもまた事故事件ではありませんが、神奈川県であった事例です。ある女性ドライバーが先行車を追い越そうとしたとき、先行車がその女性ドライバーにいたずらしてやろうとして、右に寄って車の進路前にでてきたので、あぶないと思い、とっさに、やむなく、衝突を避けようとして右に急ハンドルを切り、センターラインを越えてしまった事件です。裁判所は、この女性ドライバーの行為は、衝突による現在の危難を避けるためやかことを得ざるに出た行為で、しかも衝突によってひきおこされる被害を越えない軽微な事犯と認められるから、緊急避難にあたるとして無罪の言渡をした例があります。この事例では、センターラインを越えて道路の右側に出ても、幸い対向車がなかったので「衝突によってひきおこされる被害を越えない軽微な事犯」で済みましたが、もし対向車があったならば、たとえその先行車に衝突させても、センターラインを越えるべきではありません。何とならば、この場合は、その行為から生じた害が避けようとした害の程度を越えるであろうことは容易に判断できるからです。
このように、素急避難には、補充の原則と法益の権衡という二つの要件を満たす必要があります。したがって、本問の場合にも、あなたの行為が、他に方法がない絶対的な手段であり、その行為から生じた害が避けようとした害の程度を越えないものであれば、緊急避難として免責となるでしょう。しかし、通常、このような事件で、一見緊急避難と考えられるような事例でも、実は、このような事態現出以前において、前方不注視、スピード違反等の過失が認められる場合が多く、緊急避難と認定されることは、実際上ほとんどないようです。しかし、かりに結果的には、避けようとした害が大きくなった場合でも、他の緊急避難の要件をすべて満たしていれば、責任は問われず、無罪たるべきものです。本問の場合も、恐らく、緊急避難行為をとる以前の段階において、はたしてあなたに過失がなかったかどうかという点にしぼられてくるでしょう。もし、その段階に過失がなければ、それは不可抗力であり、そして二人乗りこどもを避けるのに他に全く手段がなかったならば、緊急避難として責任を問われることはないことになります。

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